フリーアナウンサー久米宏さんが1日、肺がんのため亡くなった。81歳だった。所属事務所「株式会社 オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトを更新し、発表した。TBS時代は「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「料理天国」で“視聴率90%男”として人気を集め、フリーとして報道転身後はテレビ朝日系「ニュースステーション」でニュース番組に革命を起こすなど、希代のスターアナウンサーとして放送史に功績を刻んでいる。

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久米宏さん伝説アラカルト

▼「久米の前に久米なし 久米の後に久米なし」 唯一無二の話術、ジャーナリズムへの貢献などを評して長く語り継がれているほか、抜群のルックス、181センチの長身でファンレターが月500通という人気ぶりでもスペシャルな存在。愛車のシボレーも有名だった。

▼「ホニャララ」 今もバラエティー番組で多用される「ホニャララ」は、久米さんが「ぴったしカン・カン」で正解ワードを伏せる時に使ったものとされる。

▼大河ドラマの裏で視聴率20%超 82年、日本テレビ系「久米宏のTVスクランブル」がスタート。日曜午後8時枠で横山やすしとのコンビによる生放送が話題を集め、大河の裏で視聴率20%超を記録することもあるなど画期的な成果を残した。大河が1年かけて放送する内容を15分のダイジェストで放送して話題に。

▼巨人優勝で丸刈り 大の広島カープファンで知られ、89年、プロ野球開幕直前に「ニュースステーション」の放送中に「巨人が優勝したら丸刈りになって日本テレビに行って万歳する」と発言。巨人が優勝したため、日本テレビ徳光和夫アナが司会を務める「ニュースプラス1」に生出演し、丸刈り姿で「読売ジャイアンツ、バンザーイ!」と叫んだ。

▼みのもんたさん復活のきっかけに 久米さんとみのさんは同期。文化放送を退社後、家業の水道メーター会社の営業職をしていたみのさんが、テレビで輝く久米さんを見て悔しさから再始動。日テレ「午後は○○おもいッきりテレビ」2代目司会のチャンスを得た。

▼選挙特番で驚異の視聴率20%超え 89年、第15回参院選の開票速報を報じた「選挙ステーション」(テレビ朝日系)で、最高20・9%の視聴率を獲得し、民放選挙特番に革命を起こした。NHKは32・4%。ほかの民放は5%前後だった。

▼「Nステ」放送中に降板宣言 99年10月6日の放送の最後に、「契約が切れた」「私の出演は本日まで」「長い間ありがとうございました」。水面下でテレ朝が慰留する中での宣言で、テレビ界に衝撃。その後再契約し、00年1月に復帰。

▼「Nステ」最終回はビール 04年3月26日、最後の放送のエンディングでビール瓶とグラスを持ち「18年半やりましたよ。僕はえらいと思うんだ。これは僕にご褒美」。手酌で注いで「乾杯!」と一気に飲み干し「本当にお別れです。さようなら」と、18年半の放送に自ら幕を引いた。

久米宏さん死去、81歳 「ニュースステーション」で報道番組に革命 「ザ・ベストテン」司会も

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