吉永小百合(80)が、日刊スポーツ80周年を記念し、取材に応じた。1959年(昭34)に「朝を呼ぶ口笛」(生駒千里監督)で映画デビューし、翌60年に日活に入社。以後、昨年の124本目の映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」(阪本順治監督)まで、日刊スポーツの歴代の映画担当、番記者の取材を昭和、平成、令和と3つの時代にわたって受け続けてきた。日刊スポーツに残っていた思い出の記事をひもとき、忘れられない記者など、デビューからともに歩んできた歴史を振り返った。
3月6日付紙面に掲載されたワイド企画では触れなかった話題から、5つのテーマに分けて5回連載でお届けする。最終回は、25年11月27日に出版した「写真集『吉永小百合』」(世界文化社)でつづった、自身の今後に関して、その真意を直撃した。【村上幸将】
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「写真集『吉永小百合』」に掲載の文章、インタビューの中で、吉永は自らの今後について、踏み込んだ発言をしている。
「スパッと『引退します』といおうかと考えることもあるんです」
「私は一度辞めてから戻るということは絶対にないと思っています」。
発言の真意を尋ねた。
「そういうタイプですよ。また戻る…とかということはない。決断したら、そこで決める。だから、これからは自分で考えて…どういう映画で、どういうパフォーマンスができるか。それは自分の体、頭が、円滑に映画に対応できるか、どうかということにも、かかっていますね」
25年の124本目の映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」(阪本順治監督)公開後、25年11月16日付紙面に掲載されたインタビュー企画「日曜日のヒロイン」の中で、吉永は今後について「これからも(映画と)向き合っていきたい思いはあります…もちろん。自分では区切りは付けられないですし、やれる限りは映画という場所で生きて、仕事していきたい。ただ、それができなくなったら…一観客になろうと思います」と語った。一方で「だんだん、せりふが覚えられなくなって(夫役の)佐藤浩市さんと(長男役の)若葉竜也さんにご迷惑をおかけした。これからやるためには、今までの何倍もの努力、勉強をして乗り越えないといけない」と、年齢を重ねていく自らと闘っていく覚悟も口にしていた。
そうした中で、支えになっている言葉がある。クランクイン9カ月前の23年12月に胆のうがんが見つかり、撮影中の24年9月3日に94歳で亡くなった夫の岡田太郎さんが、よく口にしていた「なりゆき」だ。吉永は「焦らないで」という意味で受け止めている。
「なかなか、含蓄のある言葉で…。これから、自分がどうしていくか、って考えるんですけど、やっぱり、とても映画が好きですし、オファーをいただいている間は、自分がこれはやれる、と思ったものはやりたい、やろうと今、考えているんですね」
3月13日の誕生日を迎えると、81歳になる。その中で、映画への思いを、改めて口にした。
「本当に、自分でもビックリするような年齢になったわけだから、いろいろなことを気を付けて元気でいたいと思うし。できれば、もう少し映画の世界でやりたい」
吉永小百合は、映画とともに生き続ける…。(おわり)
◆吉永小百合(よしなが・さゆり)本名・岡田小百合(おかだ・さゆり)。1945年(昭20)3月13日、東京都生まれ。57年のラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。59年「朝を呼ぶ口笛」で映画デビュー。62年「キューポラのある街」でブルーリボン賞主演女優賞を最年少の17歳で受賞。同年「寒い朝」で歌手デビューし、橋幸夫さんと歌った「いつでも夢を」で日本レコード大賞受賞。「てっぺんの向こうにあなたがいる」が124本目の映画。



