歌舞伎を中心とした演劇研究、評論の第一人者として知られる早稲田大名誉教授で文化功労者の河竹登志夫(かわたけ・としお、本名俊雄=としお)さんが6日午後0時28分、心不全のため東京都渋谷区の病院で死去した。88歳。東京都出身。葬儀・告別式は10日午前11時半から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は妻良子(よしこ)さん。

 江戸末期から明治にかけて活躍した狂言作者の河竹黙阿弥のひ孫。父は演劇研究者で早大演劇博物館館長などを務めた河竹繁俊。

 日本の伝統演劇を西洋演劇と対比する比較演劇学の分野を開拓した。早大教授、共立女子大教授、日本演劇学会会長などを歴任。ウィーン大客員教授を務め、海外紹介にも尽力した。

 著書「比較演劇学」で芸術選奨文部大臣新人賞、河竹家について描いた「作者の家」で毎日出版文化賞を受賞。紫綬褒章、日本芸術院賞などを受け、2001年には文化功労者に選ばれた。「歌舞伎美論」「新版歌舞伎」など著書多数。

 新しい歌舞伎座(東京都中央区)で3月、こけら落とし公演に向けた「古式顔寄せ手打式」の舞台に俳優らと並び、演目を読み上げた。