★1976年5月14日の衆院外務委員会。三木武夫内閣の外相・宮沢喜一が「たとえなにがしかの外貨の黒字が稼げるといたしましても、わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいないといいますか、もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきなのであろう。どこまでが兵器でどこからが兵器でないのかというようなことは、議論してできないことはありませんけれども、いやしくも、疑わしい限界まで近づいていくことも私としては消極的に考えるべきではないかと思います」と武器輸出の指針を示した。このことを野党が今国会で首相・高市早苗にただすと答えは「時代が変わった」というものだった。

★この発言には前段がある。「我が国には武器輸出3原則があります。これは武器に当たるものは輸出しないことと私は考えております。ただこのような哲学を持っている国は、おそらく我が国だけと言ってもいいくらい、世界の中では少数であります。現実に武器を売る方も買う方もありますが、それらは我々と哲学が全く異なることとなります。そして買う方は国の安全とかいろんな理由があると思いますし、また売る方は兵器産業というものがある意味でその国の経済体質の中にはっきりと組み込まれてしまっていて罪悪感というものは伴っていないというのが現状だと思います。今の現状というものは、我が国が主張したところでなかなか簡単には世界は変わらないと思います。我が国のような軍備らしい軍備を放棄した国が、歴史上、繁栄していくことで、そのようなパターンというものが示せるほど長い時間がたてば、これは1つのいい教訓になっていくかもしれないと思います」。

★宮沢は今日を予測していたかのように話すが、首相の言う「時代」ではなく我が国の「哲学」が自民党と軍需産業の献金などを軸とする濃密な関係によっていびつに捨て去られ、結局党が潤うことに、党内の良識派までもが口をつぐんでしまうのならば、哲学なき、目先の変化に反応するだけの漂流国家に成り下がったことは認めたらどうか。(K)※敬称略