自民党が圧勝した2月の衆院選から、2カ月あまりが過ぎた。同党では毎日、党本部で所属議員が出席してさまざまな部会や会議が開かれるが、先日、取材で党本部を訪れた際、2月の衆院選で初当選した新人議員たちが、会議が開かれる部屋に、小走りで入っていく姿を目にした。メディアは、選挙で初当選した議員を「1年生議員」「新人議員」と表記することも多い。リアルな新人議員の方もいるが、「新人」と呼称するのは申し訳ないくらい実績を持つ方も自民党の場合は多い。それでも、実績や経験があったとしても国会議員の責任は大きく、過去に議員などの経験がないケースは、なおさら重い。党側も、国政選挙で多くの初当選組が誕生すると、研修会などを開いて教育に当たっており、今回の初当選議員に対しても、特別国会召集前からさまざまな形でレクチャーが行われている。
その初当選議員たちが4月23日、同期の集まり「鹿鳴(ろくめい)会」を立ち上げ、初の顔合わせの場を持った。党幹部も出席し、1年生議員の大量当選の原動力となった党総裁・高市早苗首相も参加した。関係者によると、会は終始和やかな雰囲気で、高市首相も新人議員との写真撮影に応じていたという。
初当選議員の集まりというのは珍しいことではないが、「〇〇チルドレン」などと呼ばれる1年生議員が大量に誕生した選挙の際の集まりには、特に注目が集まる。
今回の「鹿鳴会」に関しては、名前を聞いた時、珍しいなと感じた。「鹿鳴」については、明治時代に建設された「鹿鳴館」くらいの知識しかないが、字を見ると「鹿が鳴く」の「鹿鳴」だった。鹿は、昨年の自民党総裁選の告示日演説で高市首相が言及して話題になり、地元の奈良では「神の使い」と呼ばれる神聖な生き物だ。同期会の名称からして、高市首相が意識された形といえる。
ただ、過去の自民党初当選同期の集まりは、時の総理総裁と絡んだネーミングはなかったように記憶している。永田町関係者は「『高市チルドレンです』と、ことさらに表明しているようだ」と、複雑な表情だった。
近年、多くの初当選議員が結成した同期会の名称には、同期の人数といった数字がつけられたケースが多い。小泉純一郎首相のもと、2005年の郵政選挙で初当選した議員の集まりは「83会」。初当選した83人が、そのまま会の名称となった。当時の初当選組には、高市内閣の片山さつき財務相や、今や実業家となった杉村太蔵氏らがいた。「料亭に行きたい」などの発言で党側にこっぴどくしかられた杉村氏の「居残り特訓」も話題になった。
対照的に、民主党に政権を奪われた2009年の衆院選で自民党から初当選したのは、たった4人。小泉進次郎防衛相、斎藤健元経産相、橘慶一郎元内閣官房副長官、伊東良孝・元沖縄北方相と、全員が現在もこれまでにも大臣などの役職に就いた期。この4人が立ち上げた勉強会の名称は「四志(しし)の会」で、固い結束を誇る。
その後、再び政権を奪取し第2次安倍政権が誕生するきっかけとなった2012年の衆院選では、自民から119人が初当選。後に、スキャンダルなどが頻発し、議員辞職やその後落選となった議員もおり、当選回数を重ねるごとに「魔の〇回生」と呼ばれた期ではあるが、この期も119人にちなんで、名称は「いいくに会」だった。
今回の「鹿鳴会」は、初当選議員の人数が66人なので「ろく」がらみの名称だという話も聴いたが、これまでの同期会ネーミングの発想とは、確かにちょっと違うのかもしれない。
66人は、衆院選で当選した自民316人の約2割に当たる。裏金事件を機に、これまで新人教育機関としての一端を担っていた派閥は、麻生派を残して消え、じわじわ派閥回帰的な動きもみられるものの、新人議員教育は表向きには党側が担う。特別国会召集前日の新人研修会初会合では、「四志の会」の1人、斎藤元経産相があいさつに立ち「今回の当選はもちろんみなさんのご努力もあるが、高市総理のお力によるところが大きい。次の選挙は自分の力で勝ち抜いてほしい」と述べ、「1年生といえども、(国会議員は)最高の公人だ。身を慎み、信頼を失うことなく心がけてほしい」と、冷静な叱咤(しった)激励を行った。
政界関係者に「鹿鳴会」について感想を聴くと「小泉氏や安倍氏ら、過去の自民党に強いリーダーがいた際も新人の集まりに総裁にちなんだ名前はつかなかった中で、今回は高市首相にちなんだ名称が付いた。『高市旋風』を別の側面から裏付けたが、その名前を上げるも下げるも、新人次第。名前が立派すぎるだけに責任は重い」と話していた。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


