ボルボカーズが、完全電動の「EX90」なる7人乗りSUVを発表した。メーカー自身による事前の情報リークで、安全性の高さが喧伝(けんでん)されて話題を呼んできたモデルだ。
脱炭素を企業でめざすと謳(うた)うボルボ。EX90は、同社にとって初の、ピュアEVとして開発したモデルで、車体はプレミアムクラスだ。航続距離は長く、高度な運転支援システムをそなえる。さらに、デジタル技術を広範囲に採用。それらは「人間中心」というボルボの製品コンセプトに基づいたものと説明されている。
私は、2022年11月9日のスウェーデン・ストックホルムにおける、このクルマのお披露目の場に立ち会った。同市内の中心地にこしらえたドーム型の特設会場を使い、世界中からジャーナリストが参加しての発表会。プレゼンテーションもおもしろかった。
■EX90は球体の中から現れた
会場の中心に置かれていたのは、大小さまざまな白色の球体に覆われた物体。下のほうに車輪らしきものがちらりと見えるだけ。もちろん、それが主役のEX90ということはわかるのだけれど、なんで球体?
11月のスウェーデンは、午後3時には暗くなる、太陽が姿を隠しはじめたときに、鳴り物入りで、ボルボカーズのジム・ローワンCEOとともに実車が公開された。
球体をとりつけたかごがワイヤによって天井のほうに持ち上げられると、そこにEX90が現れた。最初の驚きは、フロントマスクだった。グリルの開口部をもたず、ボディー同色パネルに、ボルボ車の伝統的なアイアンマークが、こちらは逆に大きなサイズとなってはめこまれている。
すでに日本でも2021年に発売されたC40と共通する、ピュアEVのデザインテーマなのだろう。ただし、ウインドーグラフィクスといって、サイドウインドーの輪郭を含めて全体の雰囲気は、従来のCX90を思わせるものなので、今回のフロントマスクによって、違和感、もとい、あたらしさがより強調されている、というのが、私がそのとき思ったこと。
「これはエンジニアとデザイナーのすばらしい成果。ボルボの新しい時代のはじまりです」。ローワン氏の第一声だ。
「EX90は、エレクトリックエージにおける、ラージファミリーセグメントのSUVです。安全性、テクノロジー、サステナビリティー、デザイン、それに乗員1人1人の個人的体験の提供といった、これからのボルボ車のありかたを指し示すものです」
私はボルボに来て100日ですが、ボルボは100年の歴史があります、と言って、来場者の笑いを誘ったあと、ローワンCEOは、ボルボがクルマづくりにおいて強く意識しているのは、人間中心の製品づくりです、と語った(じっさいは1927年創業なのでスピーチの時点では創業95年で、ローワン氏はボルボに来てから約250日(笑い)。
で、球体の話に戻るが、「あれは私たちがEX90のビデオでも使っているバブル(細かな泡)をわかりやすく表現したもの。バブルは緩衝材のことで、つまり、乗員を包んで守るというEX90のコンセプトの象徴なのです」と、本社の広報担当者がとなりで説明してくれた。
■「目には見えない安全保護」
まず、安全性について書くと、「いままでのいかなるボルボ車よりも高いレベル」と謳われる。コネクティビティーと電動化をこのために使っているそうだ。それをボルボでは「目には見えない安全保護」としている。
代表的なものが、LiDAR(ライダー)の採用だ。ボルボは2018年に本社を置くスウェーデン・ヨーテボリで「360c」という安全性に関するコンセプトモデルを発表したことがある。私はそのときも現場に居合わせ、さまざまなパートナー企業の技術展示を興味ぶかく見ることが出来た。LiDARもそのひとつだ。
LiDARは、いくつもの光を使って路面状況を検知する安全技術。EX90はルミナー社のものを使用。「夜間でも高速でも使えて、250メートル先まで、路面の起伏や障害物を検知し、運転支援システムへ情報を提供します」と、発表会に登場したボルボの技術者が説明してくれる。
「膝に目がついているようなものです」。さきの路面の検知性能の高さについて、ボルボでエクステリアデザインのヘッドを務めるT・ジョン・メイヤー氏はそうたとえる。ただし、搭載位置が高いほど遠くが検知できるため、EX90でもルーフの先端部に設置される。
メイヤー氏は「デザインに溶け込ませるのは、ひとつのチャレンジ(苦労したということ)だった」とするが、先進安全技術の代表例であるLiDARは少なくともあるていど目立ったほうが、クルマの安全性の喧伝に役立つといえるかもしれない。さきに「目には見えない安全保護」としたけれど、LiDARはある意味、よく見える安全保護なのだ。
もうひとつ、注目したい安全技術が、車内のセンシング機能。クルマの登場に先立ってコンセプトが発表され、日本のメディアでも話題になったのは、幼い子どもやペットなどの置き去りを防ぐコンセプトゆえだ。
7つのセンサー(これは巧妙に隠した、とインテリアデザイナーが語っていた)が前席から荷室にかけて天井に取り付けてある。アルゴリズムを用いて、わずかな動きを”正常”か”異常”か、判断するのだそう。
床で寝てしまっていたり、ベビークリブのなかでブランケットをかけられていたりしても、「かすかな動きとして検知する」(ボルボの技術担当者)という。そうすると、ドアロック時に警告が出るそうだ。
車両内に生命がある場合、コンピューターはそれを認識していて、車内温度が規定以上に上がると、エアコンを作動させる。「大きなバッテリー搭載の電気自動車だから可能な安全装備です」と、ボルボの広報担当者は教えてくれた。
■満充電の航続距離は600キロに
EX90の車両諸元は完全に公開されておらず、モデルラインアップも未定。高性能モデルだけ少々紹介されていて、111キロワット時と大容量の駆動用バッテリーに、ボルボが「ツインモーター」と呼ぶ前後1基ずつのモーターによる全輪駆動だそう。最高出力は380kW(517ps)、最大トルクは910Nmとされている。
アンペア数の高い急速充電システムを使えば、0パーセントから80パーセントまでの充電にかかる時間は30分以下。満充電での航続距離は、600キロに達する。バイディレクショナルといって、いわゆるビークルトゥホーム、つまり給電機能もそなえている。これもボルボとしては初採用。
デザインは、私の印象としては、基本的にXC90を踏襲していると感じられた。ウインドーグラフィクス(サイドウインドーの輪郭)のせいかもしれない。しかし、デザインを統括するヘッドオブグローバルデザイン&UX(ユーザーエクスペリエンス)のロビン・ペイジ氏は、より進化しているのです、と言う。
「電気自動車専用のアーキテクチャーを使うことで、理想のプロポーションを実現できました。車輪と車体の関係など、内燃機関や変速機がなくなったことは、デザインにとって大きなメリットです」
ユニークな特徴は、フロントマスクだ。あえて、内燃機関につきもののラジエーターグリルを廃することで電気自動車のイメージを強調。ヘッドランプもLEDで構成されたマトリックスタイプ。
近年のボルボ車に共通する、「トール(神が持つ)ハマー」型は継承されているが、コンセプトは斬新だ。メインのヘッドランプが点灯するときは、2段のマトリックスライトが上下に消えていき、奥からヘッドランプが現れるといった、ユニークなイメージ(光学的な印象)を作っている。ペイジ氏はこれを「目を開ける」と表現。
内装面では、ボルボがつねに大事にしてきた「スカンジナビアデザイン」(カラー&マトリクス担当シニアデザインマネジャー、セシリア・スターク氏)を生かしている。基本的なコンセプトは、従来の継承だ。
■動物由来の素材を追放し、新開発の合成皮革を使用
北欧の光のような淡い色を使った内装色を、シート地やドアの内張りに使い、ウッドパネルもドリフトウッドといって海岸に漂着した木のイメージでテカりを抑えている。
加えて今回から動物由来の素材を追放。ウール混紡のファブリックや、新開発の合成皮革を使う。感触や見た目は、じゅうぶん、快適で、ぜいたくとすら言える。家具やファッションの流れに呼応するものだ。
室内照明も、考えかたはボルボらしいというか、他社とちがう。ドアの内側のパネルを透かして照明がほんのりともる。赤や青や緑を使うドイツ車とは完璧に一線を画している。
「ボルボの規模の会社が生き残っていくには、大きな競合と真っ正面から向き合っていてはむずかしい。この会社の独自性が、すべてにわたって求められているのです」。前出のスターク氏はそう解説してくれた。
EX90の生産は北米と中国で。北米で生産が始まるのは2023年からで、欧州での発売は早くても同年の後半という。日本での発売はそのあとで、現時点では「未定」(日本法人の広報担当者)だそうだ。
【小川 フミオ : モータージャーナリスト】