新人監督と無名の俳優が作ったインディーズ映画「カメラを止めるな!」が昨年、日本を席巻した。17年11月に6回のイベント上映で終わるはずが、昨年6月に東京都内の2館で公開されると興行収入30億円超、全国350館超で公開と社会的なムーブメントを巻き起こした。DVD、ブルーレイ発売後も国内外で上映が続く、激動の日々を走り続ける上田慎一郎監督(34)が今の日本を語った。

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製作費300万円で“ジャパニーズドリーム”を巻き起こした上田監督だが、10年ほど前は「怪しいビジネスに手を染め200万円以上の借金をして」ホームレスになった。「カメ止め」製作中の17年3月には長男が生まれたが、保育園の応募に外れ、待機児童問題を身をもって味わった。社会の荒波を経験した目に、今の日本はどう映るのか?

上田監督 生きやすいと思いますね。食べるものがなくて路上で死んでいる人がいる国もあるじゃないですか? 日本は就職しなくても頑張ればバイトで生きていけるし、着るもの、住むところに困る人は他の国から見ると多くない。保育園に落ちましたが、インターネットでベビーシッターを手配できる。

景気回復が戦後最長を更新したと言われる一方、閉塞(へいそく)感が漂うという声も少なくないが…。

上田監督 日本は疲れているとか若者に閉塞感があるという言葉、みんな言いたいだけじゃないかなと。僕が20歳前後の頃は、大きな夢を持たなければいけないという自己啓発本が出て、会社員がダメかのような書かれ方をしていた。今は大きな夢を持たないといけないという同調圧力が以前よりない気がしますし「普通に結婚して住めたらいい」みたいな、ひょうひょうとした若者も多いです。

上田監督は観客がSNSで拡散して「カメ止め」が広がったことを踏まえ、国民の力が増したと考える。

上田監督 森友、加計学園問題に不倫騒動も多かったですが、隠したり取り繕おうとした人がうまくいっていなくて「すみませんでした」とストレートに謝り、笑いに変えた人の方が好感度が高い気がします。SNSとかも関係があるかもしれませんし、一般の方が発信する今は、国民の力が増していると思います。

今春に次回作の撮影を予定している。世間の期待が大きい中、どう進むのか。

上田監督 18年は会いたい人に会えるなど、あらゆる夢がかなった年。でも、仲のいい友達や家族と会う時間が減るのは幸せなのか…自分にとって本当の幸せって何だろうって考えた。どんなものを作っても「カメ止め」の方が良かったという人はいると思うし、すごい失敗をしたら、ただの1人の男に戻るかもしれない。でも、そこからまた始めればいい。映画を見る時間は増えるだろうし、映画を作ることができる環境が、ずっとあればいい。

そう言い、浮かべた笑みは「カメ止め」の企画を進めていた2年前のそれと全く変わっていなかった。【村上幸将】

◆上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)1984年(昭59)4月7日生まれ、滋賀県長浜市出身。中学時代に実家のハンディカムで自主映画を撮り始め独学で映画を学ぶ。10年に監督・脚本を担当の長編「お米とおっぱい」を製作。短編映画を国内の映画賞に出品し「カメラを止めるな!」製作につなげる。妻の、ふくだみゆき氏も監督として活躍。