藤井聡太王将(22)が後手番初の指し手を披露した。永瀬拓矢九段(32)の挑戦を受ける、将棋の第74期ALSOK杯王将戦7番勝負第5局が8日、埼玉県深谷市「旧渋沢邸『中の家(なかんち)』」で始まった。藤井は初手で角道を開ける歩を突いた。2016年(平28)12月のデビュー戦以来、後手番257局すべて飛車先の歩を突いていた。2日制の対局は藤井が50手目を封じて初日を終えた。深谷市初開催のタイトル戦で、初の指し手を採用して勝てば、王将戦V4と単独5位のタイトル獲得通算28期が見えてくる。

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関係者が控室でどよめいた。藤井が角道を開けた瞬間だ。後手番で初めて見せた「新手」。初手で飛車先の歩を突いていた永瀬が、7手目に「はて?」と天井を見上げる。構想を見直さざるを得なかったか。意表を突かれた証拠は消費時間に現れた。午前9時の対局開始から午後0時30分の昼食休憩まで、持ち時間各8時間中、永瀬は2時間6分も使ったのに対し、藤井54分。雁木(がんぎ)に構えた藤井は昼休前に棋譜用紙を見る。双方の消費時間を確認したようだった。

「公式戦で2手目に(飛車先の歩を突く)後手8四歩ではない形を指すかもしれません」。今年1月4日、都内での共同会見で話していた。ここまで未放映のテレビ対局を除き、通算402勝83敗。後手番258局目にして、実践した。

対局を重ねていくうち、後手番での戦い方が課題となった。タイトル戦は現在100勝24敗。7番勝負の先手番は34勝2敗と圧倒的強さを誇るが、後手番は25勝11敗(5番勝負は先手番20勝6敗、後手番21勝5敗)。7番勝負で2敗した22年竜王戦の広瀬章人現九段戦、23年王将戦の羽生善治九段戦、昨年の竜王戦の佐々木勇気八段戦は全部、後手での黒星だ。迫られる対応に、「面白いという前提で新しい形を作っていきたい。模索して変化ではなく進化していかなければいけない」とモデルチェンジをにおわせていた。

初めて訪れた深谷は、近代日本経済の基礎を築いた実業家、渋沢栄一生誕の地。対局場はその実家である。渋沢は東京電力、帝国ホテル、みずほ銀行など約500社の設立や経営に関わった。財界の雄を生んだ場所で、シン藤井将棋を築く。

先週2日には棋王を防衛し、谷川浩司17世名人に並ぶタイトル獲得を通算27期とした。4月から始まる名人戦でもぶつかる永瀬に新手をぶつけて勝てれば、「谷川越え」を果たすとともに、新境地を開くことができる。