川田将雅騎手(38)が11日の東京12RでJRA通算2000勝を達成した。現役4人目、史上9人目。達成までのキャリア(19年11カ月5日)、達成時年齢(38歳3カ月28日)はいずれも武豊騎手に次ぐ記録だった。栗東で取材する太田尚樹記者が、偉業を前に見せていた川田騎手の変化を取材ノートで振り返る。

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カメラマンたちが驚いていたのを覚えている。リバティアイランドが牝馬3冠達成のゴールを駆け抜けた直後だ。「ガッツポーズしてたな」。あの川田騎手が…。うつむき気味に左手の指3本を立てる静かな所作。いわゆる「ガッツポーズ」とは違う気もするが、それでも珍しい。G1では初制覇の08年皐月賞(キャプテントゥーレ)が思い浮かぶぐらいだ。

やはり、その理由が知りたくなった。そして、答えを聞いて納得した。

「みなさんに喜んでもらえればという思いで、静かに指で『3冠』を表しました」

そう、いわば“無言のファンサービス”だった。

もともと(雑談の面白さは競馬界屈指だと思うが)世間では「孤高」といったイメージが強かった。それが最近数年で変わってきた。よく聞くようになった言葉が「ファンのみなさんに楽しんでいただけたら」。インスタグラムのアカウント開設や「ジョッキーカメラ」の提案など、自分からの発信が明らかに増えた。エンターテインメントを提供するだけでなく、昨春にはスタート前の「2秒の我慢」を呼びかけたのも記憶に新しい。

一昨年には自身の念願でもあった年間リーディングを獲得した。昨年には先輩として慕う福永騎手(現調教師)が引退した。「年々背負うものが重たくなりますが、それはありがたいことです」。JRA史上9人目の2000勝騎手。今や第一人者の自覚も背に、競馬界の先頭を走ろうとしている。【中央競馬担当=太田尚樹】