昨年12月の落馬で休養していた韓国のリーディングジョッキーが休養中に調教師転身を発表した。ムン・セヨン騎手(45)。「とてもありがたいことにコリアンダービーが私の騎手としての引退競走になりそうです」。4月から調教に乗り始め、今月3日に行われたダービーを6着で終えた。
けがが少なくなかった。今回は多重落馬。もらい事故だった。「負傷でやめたくなかった」と復帰。ダービーを含む3鞍に騎乗すると、2日の復帰初戦は逃げて失速だったが、3日の復帰2戦目を差し切り、最後の勝利をファンに届けた。
01年8月にデビュー。同年は1勝に終わったが、翌年から頭角を現すと、03年には最優秀騎手に輝いた。韓国通算9615戦2055勝。日本での騎乗は14年のインタラクションCに参戦した韓国馬を含む大井での2戦だけだが、マカオやシンガポールには短期免許で遠征した。日本のファンに最も知られたのは22年のコリアスプリント制覇か。ほかに日本馬が不在だった19年のコリアCも制した。
ソウルの最優秀騎手に選ばれること10回。この四半世紀の韓国競馬を牽引(けんいん)してきた「キョンマファンテジャ(競馬皇太子)」が新たなステージに踏み出す。「リーディングジョッキー、チャンピオンジョッキーという記憶は忘れて、底から少しずつ上がり続けて、一つ一つ新しい絵を描いていければ。これは終わりではなく、新しい出発だと思って頑張っていきます」。7月の厩舎開業に向け、時間があれば日本でも研修してみたいと意気込んでいた。【牛山基康】



