6日の阪神競馬7Rで落馬し、頭部と胸部を負傷した藤岡康太騎手が10日、死去した。35歳だった。JRAが11日、発表した。中央競馬担当の岡本光男記者が悼む。

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騎手はある意味、他人を押しのけなくてはならない職業である。ファンや馬主、厩舎関係者に牧場関係者など多くの人の期待を背負って騎乗している以上、そうせざるを得ない。そんな世界に生き、好成績を残しながら、藤岡康太騎手は優しく温和な人だった。

調教中はいつも丁寧に取材を受けてくれたし、レース後は騎乗馬の着順にかかわらず率先してコメントをしてくれた。記者は1度、栗東トレセンから少し離れたスーパー銭湯で会ったことがある。「中学の時の友達と来ているんですよ」と友人を紹介してくれた。

今年3月2日に記者が小倉へ出張した時、新人の高杉吏麒騎手がデビューした。師匠は康太騎手の父藤岡健一師で、同日2Rで同厩舎のファイツオンという馬に騎乗し、首差の2着に惜敗した。レース後、初騎乗の感想を聞こうとしたが、高杉騎手は泣いていた。その時、康太騎手が「(取材をするのは)あとの方が良さそうですね」と伝えにきてくれた。

一方で、馬券を買う側にとっては頼りになる存在だった。現4歳のスマートファントムという牡馬がいる。今年になって力をつけた馬で、康太騎手が騎乗して2勝クラス、3勝クラスを連勝。3月の御堂筋Sで、彼の思いきりのいい騎乗と相性がいいと思って馬券を買った記者はいい思いをさせてもらった。そんなことは何度もあった。

頼りにしていたのは厩舎関係者も同じで、新進気鋭の杉山佳明師から「うちの厩舎は勝負がかかった時は康太騎手なんですよ」と聞いたことがある。

昨年のマイルCSでは、当日の昼休みに急きょ騎乗依頼を受けたナミュールで鮮やかに勝ってみせた。レース後のインタビューで昨年6月に男児が誕生したことを受け「やっぱり、頑張らないといけないと思いました。これから帰って、子どもをお風呂に入れてきます」と話した。あのコメントを思い出すたび、涙が出て仕方がない。【中央競馬担当・岡本光男】