2024年も名馬、ホースマンが天国へと旅立った。06年に皐月賞、ダービーの2冠を制したメイショウサムソン、ダートでJpn1を含むG1・9勝を挙げたヴァーミリアン、そして藤岡康太騎手は35歳という若さで旅立った。ファンの記憶にいつまでも残る名馬、ホースマンを悼むとともに、その栄光を振り返る(JRA、牧場、関係各所からの発表を受けて紙面で報じたG1馬などを中心に再編集しています)。

■11月26日メイショウサムソン(牡21)

種牡馬引退後、余生を過ごしていた北海道日高町のひだか・ホース・フレンズで心不全のため亡くなった。

3歳時の06年には皐月賞、ダービーの2冠。新馬戦からずっとコンビを組んできた石橋守騎手(現調教師)にとっては悲願のJRA・G1制覇となった。翌07年には天皇賞・春秋制覇を達成。瀬戸口厩舎の解散に伴い、同年3月から管理した高橋成忠調教師はJRA・G1初制覇となった。

同年秋の凱旋門賞挑戦は出国間際の馬インフルエンザ発生により断念となったが、翌08年に改めて挑戦。10着に敗れたが、大応援団とともに現地で見届けた松本好雄オーナーは「これだけの人をフランスに連れてきてくれただけでもサムソンに感謝です」と話した。

通算成績は27戦9勝(うち海外1戦0勝)。現役引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬入り。その後、イーストスタッドでけい養された。主な産駒は15年アルテミスSなど重賞3勝のデンコウアンジュ、17年函館記念のルミナスウォリアー、18年福島牝馬Sのキンショーユキヒメ、18年京都HJのアスターサムソン、19年中山牝馬Sのフロンテアクイーンなど。

有馬記念には06年から08年まで3年連続で参戦して5、8、8着。08年有馬記念がラストランとなった。