田中酒造/上越市
「上越地区の高田杜氏会の先輩杜氏にもアドバイスをいただいています」と製造部長の馬場さん

 日本海を目の前に望む谷浜駅(日本海ひすいライン)。田中酒造のアクセスは、この駅からすぐ。日本海の荒波、ふきすさぶ寒風、そこに立つ江戸時代創業の酒蔵。何ともドラマチックだ。代表銘柄は「能鷹(のうたか)」。もともとは「公(きみ)の松」という銘柄だったが、先代社長が好んだ「能ある鷹は爪を隠す」の言葉から、この名になったとか。地元上越で絶大なる人気を誇るとともに、「酒飲み」が好む酒といわれ、県外の酒通にとっても憧れの酒だ。

 製造責任者となり、今季で2年目の馬場慶徳製造部長が選んだ今回の1本は、蔵の看板である本醸造酒「黒松 能鷹」。「いい意味で水のようにすいすい飲める酒です」と馬場さん。脇役に徹しつつしっかり「酒」を感じる、潔い食中酒といった味わいだ。熱燗(あつかん)でもぬる燗でも、常温でも、それぞれに違った表情をみせるのが食中酒たるところ。

 伝統の蔵を任された馬場さんは、実はそれまでは製造経験はほとんどなかった。急な事情で前杜氏が引退したため、直接指導を仰ぐこともできず、「過去のもろみ経過簿が教科書でした」と振り返る。新潟清酒学校の出身でもあり、当時はピンとこなかったことが、責任者になって初めて納得できたという。

 今でも試行錯誤を重ねているというが、酒造りは「難しいけれど楽しい」と断言する。責任ある立場になったからこそ味わえる喜びがある。しかしそれは1人ではできないことだ。「和醸良酒」。馬場さんが好きな言葉だ。蔵の和をもって良い酒を醸す。伝統の酒の命ともいえる仕込み水は、蔵の裏山を水源とする横井戸から引いている。毎年酒造りが始まる前に、蔵人全員で横井戸を掃除、点検し、洞窟の前でおはらいをする。自然の恵みと人の和に感謝する気持ちが、伝統の味をつないでゆく。【高橋真理子】

[2017年2月18日付 日刊スポーツ新潟版掲載]