野球を愛する人の心根に触れた。6月上旬、甲子園の土と芝生を守り続ける、阪神園芸甲子園施設部長の金沢健児さんはグラウンドを整備していると、なじみの選手に声を掛けられた。
「甲子園は憧れの場所。やらせてあげたいです」
「どうにかできないですかね…」
練習試合でやって来たソフトバンク内川聖一、松田宣浩、広島田中広輔らだ。新型コロナウイルスの感染拡大で春のセンバツ、夏の甲子園が中止になった。かつての球児が、いまの球児に思いをはせる。勝つ喜びも、そして負ける悔しさも消えた。晴れ舞台を奪われた高校生の胸中を察する。
金沢さんは言う。「甲子園を本拠地にする阪神でなくても、高校生のことを心配してくれてうれしかったです。普段、あいさつはしますが、こちらから話しかけることはありません。それでも、思いを伝えに来てくれました」。地元阪神の心意気を知ったのも、同じころだった。練習中、矢野燿大監督から「甲子園の土」を高校3年生の球児にプレゼントする案を聞いた。
甲子園のグラウンドキーパーは、球児の青春に寄り添う存在だ。だから、だろう。金沢さんは「鳥肌が立つくらい、うれしくてね。すごいことを考えたなと。プロと高校野球は切り離して考えてしまいがちでしたが、プロの選手が集まってプレゼントしようとね。高校生の喜ぶ顔、周りの人、常連校の監督さんとか、皆さんの顔が思い浮かびますよね」と声をはずませた。
ウイルスが猛威を振るうなか、野球のできる黒土を保ち続けた。阪神がチーム活動休止を決定したのは3月26日。阪神園芸の職員も6日間、出勤しなかった。金沢さんは言う。「どこまで休むか。1週間以上、放っておくとリスクがある」。整備しなければ、芝は伸びすぎ、土も質が変わっていく。「使っていなくても使ったような状態にする」。16人のスタッフは4班に分かれて濃厚接触を予防。4月2日から、人と接触が少ない早朝6時半から約2時間の作業。黒土を約5センチ掘り起こして空気を入れる。感染を防ぐため、普段より少人数で短時間だったが、選手がいなくても丹精込めてグラウンドを整えた。
甲子園の土は砂と黒土のバランスを根本から改良する「天地返し」を繰り返して、100年近く前の土がいまも現役だという。1988年に阪神園芸に入社した金沢さんは「芝は生きているし、土も生きていると思うんです」と話した。
開幕3日前の6月16日、阪神ナインは土をかき集めた。福留、藤川、梅野、近本…。球場職員ら、総勢150人が参加。金沢さんは「選手たち、みんなで集めた分でまかなえます」と話した。キーホルダーに収まる黒土は総量で300キロほどだという。「甲子園の土」は阪神ナインにとどまらず、プロ野球界で生きる人たち全員の思いだろう。
3カ月遅れの開幕だった6月19日、雨上がりの甲子園は静かだった。金沢さんは電話越しに言う。「今日もね、グラウンドから雨が引いていった。いま、状態はいいんじゃないかな」。コロナ禍の窮地でも、変わらない日常があった。明日もまた、黒土や芝生と向き合い、7月7日の甲子園開幕を待つ。【酒井俊作】




