プロ野球番記者コラム

消えた超大物 ダイエーのハーシュハイザー獲り

<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム:CATCH!!>

海の向こうでは、ドジャースが32年ぶりにワールドシリーズを制した。新型コロナウイルスの影響でシーズン60試合。例年の半分以下の試合数だった。それでも「頂点」に立った喜びは変わらない。いや、コロナ禍に苦しんだシーズンだからこそ喜びもひとしおだったに違いない。ロサンゼルスに本拠地を置く名門チームも長く栄冠から遠ざかっていたものだ。前回の優勝がソウル五輪が行われた88年。メジャーリーグの戦いの厳しさを物語っている。

89年、ダイエー1年目の杉浦監督
89年、ダイエー1年目の杉浦監督

ド軍のVシーンを見ていて、思い出した。88年秋。南海ホークスがダイエーに身売りし、大阪から福岡へ球団移転が決まった。この秋には福岡・平和台でも日米野球が行われ、南海佐々木誠がド軍のエース、ハーシュハイザーから1発を放った。59イニング連続無失点の記録をつくり「ドクター・ゼロ」と言われた怪腕からのアーチに、新球団ダイエーホークスを迎え入れる博多っ子も歓喜した。

このオフにダイエーはひそかに動いた。なんと「ハーシュハイザー取り」である。ダイエー幹部と杉浦監督が極秘に渡米。1泊3日の強行軍でハーシュハイザー側と交渉した。球団移転の「超目玉」として度肝を抜きたかったのだろうが、結果は交渉不成立。「あの時はホンマしんどかったわ。1日しかアメリカにいなかったからなあ。あいつが来とったら、日本のファンはたまげたやろうなあ。よう会社(ダイエー)も動いたもんやで」。後年、フロント入りした杉浦さんが懐かしそうに話していた。

3年ぶりリーグV奪回したホークスは苦手ロッテにも3連勝。V決定後も勢いは衰えない。これでバレンティンでも復調したら…。何とも末恐ろしい。【ソフトバンク担当 佐竹英治】

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