令和最初の甲子園で新たな剛腕伝説が生まれた。星稜(石川)が智弁和歌山との優勝候補対決を延長14回タイブレークの末に制した。

今秋のドラフト会議で1位指名が確実な奥川恭伸投手(3年)が14回を1失点(自責0)で完投。足をつりながらも154キロを連発して165球を投げ抜き、江川卓(作新学院)に並ぶ歴代2位の23三振を奪った。星稜は24年ぶりの8強進出。連投となる18日の準々決勝での起用も注目される。

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戦いの終わりを告げる放物線が左中間にかかる。延長14回、福本がサヨナラ3ラン。一塁走者だった奥川は「やっと終わったな。勝ったんだなと。不思議な気持ちでした」と静かに笑みをたたえた。

6回に同点とされ、智弁和歌山のエース池田との投げ合いが始まった。2回から4回にかけて6連続奪三振などペースは落ちない。今夏初めてフォークボールも本格解禁。「全てを出し切らないと抑えられない」。9回、根来から17個目の三振を奪うと右手をグッと握りしめた。腕を振るたびに場内が息をのんだ。

延長に入ると奥川の体に異変が起きた。11回、右足が2度つりかけた。悪夢がよみがえる。昨夏の済美(愛媛)戦で4回に足をつって緊急降板。タイブレークで逆転満塁サヨナラ弾を浴びる結末の原因になっていた。「絶対に投げ切ろうと思った」と給水し、再びマウンドへ。得点は許さなかったが、体力の限界が近づいていた。

「何度もあきらめそうになった」。意外な男に背中を押された。11回裏。先頭で打席に向かう前に、4番内山から熱中症防止に効果があるという漢方の錠剤を渡された。攻守交代時、智弁和歌山の黒川主将から「奥川に」と託されていた。「元気になった。ありがたかった。でもこれが智弁の強さかとも感じた」。ライバルの心意気、友情…エンジン再点火には十分だった。昨今の球数制限の議論など超えた次元でのぶつかり合いがあった。

13回からは昨年に続くタイブレーク。無死一、二塁から始まる難所を13、14回とも先頭のバントを自ら三塁でアウトに取り、無失点。決着につなげた。奪った三振は史上2位タイの23。球速表示の出た直球78球の平均は150・1キロ。この日最速154キロを11回にも2度計測する驚異の馬力だった。整列後、黒川から「日本一取ってくれ」と託されると、涙がこみ上げた。重圧からの解放、勝利の喜び、そして感謝の思い。感情が押し寄せ、泣きながら校歌を歌った。

小5の夏、テレビの中の大阪桐蔭・藤浪(現阪神)の投球に夢中になった。甲子園大会の名場面をパソコンで何度も見返す子どもだった。「素晴らしい応援や、向こうの打者の圧力を感じながら体のキレが次第に上がっていった。終盤はいい力みというか、全てが指先に集中しているような感覚だった」。夢に見た舞台で視線を独り占めした。

無理のない体の使い方が熱投を可能にする。「肘から先の柔らかさは母の影響です」。バドミントン選手だった母真由美さん(53)と一緒に幼少時からラケットを振った。本格派の投手としては狭い6足分のステップ幅も「ストレスなく投げられる形にした」と研究の末に身につけた。

甲子園の戦いは待ってくれない。18日の準々決勝は仙台育英(宮城)と対戦。林和成監督(44)は「8、9割の状態にならないと投げさせない」と慎重だが、奥川は「相手も一緒。高校野球は最後なので、全部出し切って最高の夏にします」。高校野球史に残るであろう165球。物語はまだ終わらない。【柏原誠】