27年の経験は余すことなく伝える-。中日谷繁元信兼任監督(44)が21日、今季限りでの現役引退を正式発表した。試合後にナゴヤドーム内で会見を開き、体力の限界が理由であることを明かした。くしくもこの日、巨人に敗れ3年連続Bクラスが決まった。現役生活を振り返るとともに、専任監督になる来季に向け、チーム立て直しという新たな戦いに目を向けた。
27年間も世話になった商売道具に別れを告げても、一息つくことはない。下ろしたのは2年間背負った「兼任」の看板だ。今度は専任監督という別の重荷を背負う。覚悟と緊張感を漂わせた引退会見だった。
「現時点では来年も監督となっている。そこに向けて全身全霊、僕が経験してきたことをこれからの選手に伝えたい。チームがこういう状況なので、何とか戦えるチームにしたい。その思いだけです」
皮肉なタイミングだった。会見の前に戦った巨人戦に敗れ、Aクラスの可能性が完全消滅した。3年連続、自身が率いて2年連続だ。最下位からも抜け出せない。選手兼任の2年を「結果を見たら失敗かもしれない。でも、誰もができる経験じゃない。中日に感謝しないといけない。谷繁という人間を成長させてくれた。今まで以上の2年だった」と振り返った。
自主トレ段階で今季限りと考えていたが、正式には9月に入ってから決定。体は限界だった。右肩の痛みはもう引かない。膝や腰、ふくらはぎ。下半身にも故障を抱える。「ボロボロです。若いときは気持ちでカバーできたが、そんな状態ではなくなった」と限界ギリギリの戦いだった。
故障にも苦しみながら横浜(現DeNA)、中日で計5度の優勝に導き、兼任監督で貴重な経験も積んだ。投球を受け続けた左手は右手よりも大きく腫れ上がったままだ。「日本一受けたと思う。もう戻らないかな。1サイズくらい違う。元気だったら、また受けますよ」。
弱小の大洋時代から重ねた27年間の苦しさも、勝つ喜びも、兼任監督でなめた辛酸も充実感もすべては肥やしになる。負けん気を原動力に、史上誰よりも出場機会をつかんだ男にしか伝えられないものもあると、自負している。
長年の課題だった後継捕手の問題。杉山や桂が台頭しているが「まだまだです」ときっぱり。後輩たちに「やり残したことのないようにやってほしい。無駄な時間は過ごしてほしくない」とエールを送った。自身の選手生活は数日後に終える。谷繁監督のチャレンジはもう始まっている。【柏原誠】
◆谷繁元信(たにしげ・もとのぶ)1970年(昭45)12月21日、広島県生まれ。江の川(現石見智翠館)で2、3年夏に甲子園出場。88年ドラフト1位で大洋(現DeNA)入り。1年目から出場を重ね、98年には38年ぶり日本一。01年オフにFAで中日移籍。27年連続本塁打&安打はプロ野球記録。98年ベストナイン。ゴールデングラブ賞6度。盗塁阻止率リーグ1位5度。球宴出場12度。06年WBC日本代表。13年5月、当時史上最年長で2000安打達成。今年7月、3018試合出場のプロ野球新記録を樹立。176センチ、81キロ。右投げ右打ち。推定年俸1億9000万円。



