6月の第3日曜日は「父の日」。幼き頃に追いかけた父の背中、遠く離れて暮らす父への思い、そして感謝の気持ち。野球人たちが父親との濃厚な思い出を語った。

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ソフトバンク福田秀平外野手(30)はプロ2年目、19歳だった08年に父を亡くした。今年の父の日に当たる6月16日は父徹さんの命日だ。別れは突然だった。「頭がパニックになりました」。横浜市内の自宅で心筋梗塞で倒れ、父はこの世を去った。「家族の中でぼくだけが男。自分がしっかりやらないといけない。お母さんとか支えていこう」。プロ野球の道で生きていく覚悟を、より強めた出来事だった。

高校球児だった父の教えが今も生きている。福田は幼い頃から水泳やサッカー、いろんなスポーツに取り組んだ中で、最終的に野球を選んだ。「強制されたことはなかった。父が野球をやっていたことは知らなかった。自分でやりたいと思って選んだら、父が教えてくれるようになった」。中でも心に残っているのは「どこで誰が見ているかわからない。手を抜くな」という教え。福田は今でも「誰に見られているとかではなく、1人での練習を大事にしています」とプロ13年目までやってきた。

この時期が近づくと、関東遠征などを利用して墓参りする。今年も17日からの遠征中に墓前で手を合わせるつもりだ。「父のことは忘れた日はない。毎日思い出しますね。後悔の方が大きい。もっと優しくしてあげたら良かったな、って」。高校時代は、病気で足を切断し車いす生活だった父を邪険にしたこともあった。試合や練習を見に来た際に、後輩たちが車いすを押し、グラウンドを案内したりする姿が気になった。「『もう来るな』って言ってしまったこともありました」。プロに入って恩返しするつもりだった。だが、キャンプや2軍戦などで野球をしている姿は見せられたが、1軍で輝く姿を見せることはかなわなかった。

16年に結婚。17年オフには第1子が生まれ、福田も父親になった。「父の背中を見て育った。仕事を頑張る姿を見ていたし、ぼくも野球で頑張ろうと思う。子どもには父にしてもらったようにしてあげたい。ぼくは選択肢をたくさん与えてもらっていた。いろんなことをさせてあげたい」。消えない後悔の分も、母や家族を少しでも多く、長く、喜ばせたい。そんな思いを抱いてグラウンドに立っている。【山本大地】