阪神岡田監督が殿堂入りしたバース氏を祝福した。開口一番、「もっと早くなっても、よかったんちゃうかなあ」と笑い、「今さらというのはあるな、でもな(うれしいこと)」と目尻を下げた。

岡田監督は79年ドラフト1位で入団。83年に入団したバース氏とは苦楽を共にした仲だ。85年のバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発は、今なお名シーンとして語り継がれる。

「そんなすごい選手じゃなかったから良かったんちゃう? 向こうの成績がな。だから日本で、うまくなって稼ぐというハングリーみたいな、そういうのがあったよな」と成功の秘訣(ひけつ)を分析した。

岡田阪神にもバースのような助っ人がいれば? 「放っといたらいいんやもん。勝手に打ちよる(笑い)。それが一番、楽やんか。勝手に打ってくれるのが一番ええやん」と懐かしみ、再来を願っていた。

▽掛布雅之氏(67=85年の阪神日本一では3番バースに続く4番打者) 自分のことのようにうれしい。バースは「助っ人」ではなく「仲間」だったから。我慢強い性格で、四球も選べたので、日本の野球に適応できた。将棋を覚えるなど日本の文化にも溶け込んだ。イタズラ好きな一面もみんなに好かれた。バースなくして85年の日本一はなかったし、「最高の仲間」だ。

▽阪神平田勝男ヘッドコーチ(63=阪神85年日本一の遊撃手) 一緒に戦った者として、何ともうれしいです。(周囲は新外国人が来ると)「バースの再来」どうだって言うけど、それはなかなか難しい。常にそうやってバースと比較したりするけど、3冠王を取ったときのバースとか人間性も含めて、彼は(すごい)。配球を読んだり、浜風によって逆方向を狙う。強引にいかないやん。研究熱心だったね。

▽阪神和田豊2軍監督(60=プロ1年目の85年に日本一を経験) 成績からまったく問題なく、選ばれてしかるべき選手だと思う。バリバリのレギュラーで3冠王を取るような選手だから、雲の上の人だったけど、すごく参考になった。野球の頭脳がすごくたけている。賢く配球読んだり、とにかく日本の野球に慣れようというところで、日本人選手とコミュニケーションを取ったり。新人からの4年だったけど、我々にも気さくに接してくれた。

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