巨人の指揮官のバトンが、原辰徳監督(65)から阿部慎之助ヘッド兼バッテリーコーチ(44)に託された。DeNAとの今季最終戦に勝利後のセレモニーで、原監督は今季限りでの辞任と阿部新監督就任を明かした。原監督は監督通算17年目の今季は4位にとどまり、2年連続でCS進出を逃した。同一監督の2年連続Bクラスは球団史上初。3年契約の最終年となる来季を待たずに身を引くことになったが、最後は本拠地で監督通算1291勝目を刻み、ファンからの大歓声を浴びた。
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今季限りで退任する原監督がラストマッチに臨んだ。通算17年間、ベンチから指揮を執った。この日で2407試合目を数えた。チームを9度のリーグ優勝、3度の日本一に導いた。この日の勝利で通算1291勝も球団最多を誇る。長きにわたり、伝統球団を率いた名将が第一線から退く。
高校、大学、プロ入り後もスター街道を歩んできた。監督としても栄光、栄誉、残した功績は計り知れない。同時にユーモアあふれるトーク力も並ではない。野球部の監督を務めていた父・貢さんとの親子鷹でも注目を集めた東海大時代の逸話には人間味が垣間見える。
大学4年のときだった。東海大グラウンドに東大を招き練習試合を行った。ダブルヘッダーの1試合目の1軍戦で大差で圧勝した。2試合目との間に構内の大広間で昼食をとる東大ナインにあいさつにいくと、参考書を手に昼食をとっていた。「こんなときまで勉強するのかと。すごいなと。同じ学生としてこの光景を見てこてんぱんにやられた気持ちだった。自分が恥ずかしくなった」と当初2軍選手が出場する予定だった2試合目も志願して出場した。
自らを律し、相手を敬い、常に上を目指した。その姿勢は還暦を過ぎ65歳になった今でも何ひとつ変わらない。若手の積極起用、ベテラン選手への叱咤(しった)、硬軟、強弱を巧みに使い分けた。昨季のBクラスを大惨敗と受け止め、奪回を掲げた今季だったが、2年連続で4位Bクラスにとどまった。契約を1年残すも「この世界は1年1年が勝負。そういう世界だということは重々、理解している」と常々口にしていたプロの厳しさを貫いた。
後任は阿部ヘッド兼バッテリーコーチが内部昇格する。19年に現役を引退し、20年から2軍監督を2年間歴任。高卒ルーキーだった秋広らの下地を育てた。昨季は1軍作戦兼ディフェンスチーフコーチ、今季はヘッド格として原監督の参謀役を務めてきた。球団史上最多勝利数を誇る原監督から伝統のバトンが次世代へと引き継がれる。
▽ヤクルト高津監督 見習うレベルまでもいってないくらい、相手の監督として、すごくいやな監督さんでした。作戦も継投も非常に相手の心を読んでるようなことをされますし、生意気ですけど、本当さすがだなという感じでベンチに座っていました。



