皆さまと一緒に地域を盛り上げていきたい-。今年で創立100年を迎えた立飛グループは、22日にベルーナドームで100周年記念事業「立川×名球会 ベースボールフェスティバル」を開催する。日本プロ野球名球会とコラボして、野球教室や応援アトラクション、さらに名球会メンバーと立川市軟式野球連盟選抜チームによるエキシビションマッチが行われる。入場は無料。開催に先立ち、立飛ホールディングスの村山正道社長(73)と、元ヤクルト捕手で通算2097安打を放った名球会の古田敦也理事長(59)が対談した。

立川「SORANO HOTEL」で、プールを背に握手する立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)
立川「SORANO HOTEL」で、プールを背に握手する立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)

立飛グループ創立100周年記念事業 12月22日に「ベースボールフェスティバル」

立川「SORANO HOTEL」で、笑顔でガッツポーズする立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)
立川「SORANO HOTEL」で、笑顔でガッツポーズする立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)

村山社長(以下村山) 100周年ということで、いろいろな事業をやりましたが、締めは野球でいきたいと思いました。日本の国技という感覚が、私にはあります。茨城出身ですが、子どもの頃は午後7時になるとテレビで巨人戦。父親が好きだったもので、私もずっと観てました。最近は他のスポーツも盛んで、野球は競技人口が減少しています。押され気味の野球に熱い光を当てたいなと思います。

野球への思いを語る立飛の村山正道社長(撮影・浅見桂子)
野球への思いを語る立飛の村山正道社長(撮影・浅見桂子)

■日本の国技という感覚

古田理事長(以下古田) 立飛さんが野球に限らず、スポーツを応援していただいているのは以前からうかがっています。今回、名球会と一緒にというお話をいただき、非常にありがたいですね。名球会は金田さん、長嶋さん、王さんを中心に、野球の普及や青少年育成を掲げて始まった団体です。立飛さんと思いが一致しました。

古田敦也理事長(左)との野球談議が盛り上がる立飛の村山正道社長(撮影・浅見桂子)
古田敦也理事長(左)との野球談議が盛り上がる立飛の村山正道社長(撮影・浅見桂子)

村山 往年の名選手がたくさんいらっしゃる。フェスティバルのパンフレットを見た人たちから、結構な反応があります。

古田 ありがとうございます。ただ、エキシビションマッチで勝負するということですが…。自分で言うのもなんですが、我々、往年のスターではありますが、往年のプレーはできない(笑い)。温かい目で見ていただきたいですね。あいつら、まだ頑張ってるなと、同世代の人たちに刺激を与えられたら。

村山 立川の選抜チームには、立飛の社内チームも参加します。現役ですから、楽勝ですね(笑い)。名球会の皆さんは、走れないでしょう?

古田 途中で選手をトレードしていいですか?(笑い) 楽しく試合できれば。でも、工藤さんは60歳を超えて120キロ、投げますからね。今、調整してくれていると信じてます。キャッチャーは僕と谷繁が交代で。いざとなったら、和田、小笠原もキャッチャーなので。彼らは50代ですが、僕にとっては若手の後輩。指示できる(笑い)。

立川「SORANO HOTEL」で、ボールを手に笑顔を見せる立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)
立川「SORANO HOTEL」で、ボールを手に笑顔を見せる立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)

■故野村監督との思い出

村山 ところで、古田さんで思い出されるのは、野村さんです。

古田 野村監督とは9年間、ご一緒させてもらいました。

村山 いろいろ報道されているのを見ると、すごいなと思います。

古田 苦労の多い9年間でした。厳しい方なので。

村山 やはり、野球はここ(頭)ですよね?

古田 そうですね。野村監督は「知力」という言い方をされていました。体力、気力、その次に知力も使えば、弱いチームも勝てるんだと。いわゆる弱者の戦略だと、本人もおしゃってました。準備も含めてですね。細かくデータをとったり、とにかく頭を使えば勝てると、再三、教え込まれました。ミスすると怒られてばかりでしたが。

村山 ベンチでは、いつも野村さんの近くに行ってましたね。

古田 はい。1年目の最初はベンチの端に座ってたのですが、試合で打たれたりすると「来い」と呼ばれて、試合中でも立たされて。「なんで、ストレートのサインを出したんだ。根拠を示せ」なんてよく聞かれました。毎日、試合がありますから、立たされる絵ヅラが話題になりまして。親が心配したんですよ。それで1、2カ月たって、監督の前に座っていた先輩にお願いして、そこに座らせてもらいました。怒られる量は一緒なんですが、立たされなくなりました。

村山 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」ですか。名言だと思います。深いなと。

古田 散々、言われましたね。

村山 野球って、いいプレーをした方が勝つわけじゃない。まずいプレーをした方が負けるんですよね。

古田 そういうことが多いですね。

村山 仕事も一緒ですね。それに、チームプレーなのも野球と同じ。1人だけ、どんなに優秀でも、やはり部下がいて初めてできる仕事なので。

■イベントに込めた思い

学生時代は弓道に取り組んだ村山社長だが、入社後は立飛の野球チームに所属。捕手に監督も務め、古田理事長との共通項は多い。野球談議は尽きないが、最後にイベントに込めた思いを語った。

■村山社長「街のにぎわい活性化はスポーツが一番という信念」

村山 私は2017年にアリーナ立川立飛を造りました。街のにぎわい、活性化はスポーツが一番だという信念があります。次の世代を担う子どもたちには、いろんな体験をして欲しい。本物のアスリートの姿を見せる、触れさせる。そういうことが大事かなと思います。

古田 野球はある程度、コツの多いスポーツだと思います。飛んでくるボールにバットを当てるなんて、難しい。でも、プロの選手はコツを分かっている。そういう技術を、できるだけ分かりやすく伝えられたら、うまくなる。子どもたちも、やっぱりうまくならないと面白くない。基礎練習や体力も必要ですけど、まずはうまくなれるチャンスを与えるのが大人の仕事だと思っています。

野球への思いを語る古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)
野球への思いを語る古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)

村山 往年の名プレーヤーである皆さんと、子どもたちが直接触れ合う機会を提供する。そこに意味があると考えています。こうやって球場を1日、借り切って行う企画は、なかなかないのではないでしょうか。できれば、地域の方にたくさん来ていただきたいです。私は立飛という会社だけが元気になるのはダメだと、地域の皆さんと一緒に元気になろうと、いつも思っています。

■古田理事長「地域を盛り上げる…志は同じ」

古田 地域を盛り上げるという意味で言うと、プロ野球も、もともとそうです。フランチャイズ制があり、その地域を盛り上げるためにスポーツチームがあると、僕も思っています。志が同じですね。社長に嫌だと言われない限り、今後もいいお付き合いができればと思います。

村山 私もです。これからも、ぜひやりましょう。

立川「SORANO HOTEL」で、山並みを背に握手する立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)
立川「SORANO HOTEL」で、山並みを背に握手する立飛の村山正道社長(右)と古田敦也理事長(撮影・浅見桂子)

■「赤とんぼ」など飛行機1万機

◆立飛ホールディングス 前身は1924年(大13)に都内に設立された「石川島飛行機製作所」。30年に立川市に移転し、その後「立川飛行機」に社名変更。愛称「赤とんぼ」などの飛行機約1万機を製造した。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に飛行機製造を禁じられ、工場敷地も接収されたが、飛行機製作解禁後の52年に戦後国産飛行機第1号を製作。77年の工場敷地全面返還を受け不動産賃貸業を展開。11年に立飛ホールディングスに再編。本社は東京都立川市。村山正道社長は12年から現職。


■ベルーナドーム看板に当てたら選手にも社員にも1億円!

ベルーナドームの左翼奥には立飛グループの看板が掲出されている。プロ野球シーズン中、打球を当てた選手には1億円が贈られるが、掲出から2シーズン、まだ当たっていない。村山社長は「140メートルは飛ばさないといけません。実は、選手だけでなく、社員にも1億円を贈ることになっています。広報課長から『社員に優しいところをアピールしましょう』と言われまして」と告白。古田理事長は驚きつつ「社員にもというのは、グッドアイデアですね。当たらなくても、アナウンサーに『立飛、惜しい!』と叫んでもらえばどうですか」と提案していた。