日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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WBCという“祭り”が、大谷で始まり、大谷で終わった。初戦の台湾戦で満塁ホームランを打ったアスリートは、ベネズエラ戦の最終打者になって、ショートへの凡飛で終止符が打たれた。
ゲームセットの瞬間が象徴したように、最後まで大谷のチームだった。試合後の画面から伝わった「優勝以外は失敗というか、結果的にはそうなるんじゃないか」といったコメントに完敗がにじんだ。
「史上最強」と騒がれながら、その評判に反して準々決勝での敗退は初めての屈辱を味わった。勝負のおきてとして、早々と散った現実を受け入れざるを得なかった。
まさに“空中戦”になった。大谷、森下が本塁打を放ったが、ベネズエラからこの一戦で飛び出した3本目になる7番アブレイユ(レッドソックス)の3ランでひっくり返された。
今大会は、日本が今までのお家芸だった“スモールベースボール”から、ベネズエラのような“パワー野球”にも対抗できるまでに成長したことを証明したのも事実だ。
日本は1次ラウンドの4試合と準々決勝の計5試合で計10本塁打を記録(大谷3、鈴木2、吉田2、周東、村上、森下)。第4回大会(17年)の7試合で11本塁打を上回るペースだった。
また本塁打を1本打つのに要した打数を示す本塁打率(打数÷本塁打)の「15・5」は、これまでの侍ジャパンでもっとも優れた数字。日本が長打力でも戦えるレベルに進化したといえるのかもしれない。
一方ベネズエラは、同じ5試合を消化し、日本を下回るチーム8本塁打で準決勝にのし上がった。単に投打だけでは比較ができない見えない力の差が、日本との天と地を分けたのかもしれない。
日本敗退を機に、WBCという大会が発足した当時の取材メモを読み返してみた。米大リーグ機構(MLB)から、日本プロ野球機構(NPB)に「招待状」が届いたのは、05年のことだった。
当初NPBが手にした概要には実施案が提示されていなかったという。あくまでも米国側が主催になって各国を招待するというスタイルで、主導権は米国サイドが握った上で、利益分配も倍の格差が示された。
経営サイドは「世界の野球振興のためだけではなく、米国側の利益が目的になっているのではないか」と困惑。シーズン直前の開催も疑問視され、韓国、台湾の隣国は「日本と歩調を合わせる」というスタンスを示したものだ。
結局は、MLBと選手会(MLBPA)で設立されたWBCIが運営主体となった第1回大会の06年を皮切りに開催されてきた。ただ収益分配はMLBが17・5パーセント、MLBPAが17・5パーセント、NPBは7パーセントに過ぎなかった。
主催者は回を重ねるごとに大会の盛り上がりを実感し、特に日本市場が大谷の出現によって、さらに経済的利益をもたらすことに手応えを得た。それが今回Netflix(ネットフリックス)と独占放送権を締結するなど、ビジネス拡大に踏み切った強気にも表れた。
メジャー供出で本気度を示したのも、自国開催の28年ロサンゼルス五輪を見越してのことだろう。不平等といえる収益分配率も若干の改善はあったようだ。だが基本的に第6回大会も「米国の、米国による、米国のためのWBC」に変わりはない。
そんなアメリカが仕組んだ“花相撲”であるがゆえに、タレント軍団を擁して決勝に進出したライバルをこてんぱんに打ち負かすサムライの意地を見てみたかった。(敬称略)

