先日Xでこのような投稿をした。「本業『バイト』の格闘家を減らしたい。ファイトマネーやスポンサーで稼ぐという手法ではなく自分の挑戦する姿を見せて応援してもらう人を増やすというビジネスモデル。その“定期テスト”が試合。試合でしかその姿を見せないから価値が上がらない。挑戦のプロセスを見てもらう場を作る人になる意識を持つ」。

今回はこの件についてもう少し詳しくつづってみたいと思う。今の格闘技界はほとんど選手がバイトをして生計を立てている。ここで言う本業は「何を生業にして生きているか」と言う前提で話をすると、多くの人がバイトである。要するにフリーターと言えてしまう。

このままでは業界は盛り上がらない。サッカーでもそうだが、一番底で頑張っている人たちが、何かしらの努力で可能性を見いだせない限り、一握りの成功だけが世の中でフォーカスされ、幻想だけが社会に残る。 僕が考える新たなビジネスモデルは「アビコモデル」と言ってもいい。僕はバイトをしたことがない。それは年俸120円Jリーガーだったときから一度もないのだ。そう思うと僕の本業はなんだったのだろうか…ただのサッカー好きニートか(笑い)。

僕は好きなことだけして生きていく方法を常に模索している。だからびっしり詰まったスケジュール帳を1日に何度も見直し、その度にワクワクしている。

昔、乙武洋匡さんと対談した時に、彼が「テトリスのようにスケジュールを組むのが好きで興奮する」と言っていた。その時は何を言っているんだこの人は、と思ったが、今は確実に言っている意味がわかる。このタイミングで望んでいた形がキター!となる時もあれば、そのタイミングでその形きちゃったかーと悩みに悩む時もある(笑い)。それくらい僕のスケジュールは好きな事、ヒト、モノでいっぱいになっている。

話を戻すと、僕が考えるビジネスモデルは、「自分の挑戦する姿を見せて、応援してもらう人を増やす」。「そして、その定期テストが試合」というビジネスモデルを構築したい。試合の日や試合が決まった時だけ叫んでも、その声は特定の人にしか届かない。

とはいえ、特定の人が100人ハッキリわかるくらいいれば話は別だ。1人1万円のサポートで100万円入る。それを毎月やることを前提にサロンを作れば大きな収入になる。

では毎月1万円の価値をどう出すか?が問題であり、そこに100人を集められるかはもっと問題である。試合だけをやっていて集められるものではない。

何をするべきかというと「挑戦のプロセスを見てもらう場を作る人になる」ことが大事。順序としてはまず挑戦。プロセスを見せれる格闘家のビジネスモデルが“アビコモデル”ということだ。

たとえば、僕の職業は挑戦者と言っていたが、最近バージョンアップして「挑戦家」とした。登山家や冒険家は一度ではなく何度も何度も繰り返し、より険しい山へ、より秘境へと向かう。挑戦者は一度だけの挑戦に終わるが、挑戦家は何度も何度も挑戦を繰り返す。

世の中には「挑戦」があふれている。挑戦家として人を感動させるという根幹を忘れずに細かく自分の挑戦プロセスを見せていく。そしてその活動に対してスポンサーしてもらうようにすることで、格闘家でなくなっても、継続したサポートが受けられる。要するに、挑戦家として格闘でその姿を見せることが大切なんだ。

格闘家で言うと、朝倉未来選手がその代表例だが、彼のようにはできないと思う人もいるだろう。だからこそ僕は「チーム挑戦家」を作り、そこに入ってもらうことで、このプロジェクト自体を応援してもらう仕組みを作りたい。

たとえば、ある企業が僕をサポートすることが決まったとしよう。しかしそれは選手のサポートではなくプロジェクトのサポート。なので僕の試合が3カ月後に決まっている場合、そのサポート企業の社員全員にも同じように挑戦を掲げてもらい、試合に日までに達成できるかどうか一緒に挑む。

前日に達成具合の連絡をもらい、みんなが達成した、「次は僕の番だ」となるか、達成できなかった人がいる、「だから僕がその分もやってやる」というメッセージを持って挑める。もしくは、挑戦を達成できた人は生観戦で、できなかった人は会社でオンライン観戦…なかなか寂しい結末になるが、それもサポート企業にとっては面白い取り組みになると思う。

チーム挑戦家に所属する挑戦家たちは、勝ち負けではなく、戦う姿そのものに価値を見いだし、試合前、試合、試合後の3つの山を作ることで、そのプロセスが「俺の代わりに夢を追う人」というアイコンになる。 誰かの人生を応援することに充実感を感じる時代になってきたからこそ、この挑戦家プロジェクトが自らを「疑似挑戦者」として、ほぼ自分がリングに立っている気持ちで応援することができる。

これは安彦だからできるかどうかの違いではなく、本気かどうかの違い。バイトが本業になってしまう格闘家ばかりの格闘界が、自分自身の生き方自体が「本業」となれば、格闘技をずっと好きで続けられる生き方となる。僕はこれからも

好きなことをずっと続けられる生き方を体現していく。安彦は本業がない、強いて言えば安彦が本業。人生は自分で変えられる。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算3勝1分け3敗。175センチ

安彦考真
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