「アキラさん、50年間お疲れさまでした!」。横綱白鵬(34=宮城野)が花束を手渡すと、アキラさんは照れ笑いを浮かべながら、周囲に一礼した。名古屋場所千秋楽、西の支度部屋。アキラさんとは、名古屋場所が定年前最後の場所となる特等床山の床蜂(64=宮城野、本名・加藤章)。04年の白鵬の新十両以来、15年間白鵬の大銀杏(おおいちょう)を結ってきた。角界には13歳で入門。これは床蜂いわく「少なくとも自分が入ってからは見たことない年齢」という。入門の経緯は父と先代宮城野親方(元横綱吉葉山)に共通の知人がいたため。以降、北の湖や千代の富士ら数々の横綱を担当してきた。最後に横綱のまげを結い終えると「いよいよ次の世代に譲るんだなあと、不思議な気分ですよ」と話し、目尻を下げた。

白鵬を「命の恩人」と呼んでいる。数年前の春場所のこと。起床時から体調が悪く、人生で初めて吐血するほどだった。朝稽古後、白鵬のまげを結っている最中には顔が真っ青になり、汗だくに。職人気質の床蜂は「場所に行く」と言い張っていたが、白鵬に「今日は(場所に)行かないで検査を受けた方がいい」と強く勧められて翻意。病院で検査を受けると胃と食道の間が5センチほど切れており、10日間の入院を強いられた。「医者には『あとちょっと病院に来るのが遅かったら命の保障はできない』と言われた」と床蜂。白鵬の一言が無ければ最悪の事態に陥る可能性もあったという。「長くやっているとそういう運命的な部分もあるのかな、と思う。あれがなければ最後までできなかったかな」。数々の記録の裏で、常にそばにいた存在。白鵬も床蜂のことを「仲間」と表現する。優勝こそ逃したものの「出られて良かった」とすがすがしい表情を見せた。

第2の人生を歩む床蜂。「趣味がないんだよね、見つけなきゃ」。8月の“夏休み”に向けて、妻との旅行計画を練っているという。【佐藤礼征】