31日に現役を引退するプロレスラー大仁田厚(60)が26日、東京・水道橋の闘道館で、電流爆破を封印する29日の「大仁田厚 最後の電流爆破 ONITA FINAL」(名古屋国際会議場)で対戦する、青柳館長(60)と会見を開いた。
大仁田は、1988年(昭63)に空手道場「誠心会館」を率いる青柳館長と東京・後楽園ホールで開催された「格闘技の祭典」異種格闘技戦を戦った。翌89年10月6日には、自身が創設したFMWの旗揚げ戦で再戦。青柳館長は、その試合が正式なプロレスデビュー戦で、試合が行われたのが名古屋だった。
青柳館長は、15年5月9日にバイクのツーリング中にスポーツカーと正面衝突する事故に遭った。「車の上を跳んでいった」(青柳館長)ほどの大事故で、右膝から下を36カ所も粉砕骨折する重傷を負った。アキレス腱(けん)だけ残っていて、足を切断する寸前だった右足は辛うじて骨はつながったものの、ドクターストップがかかり、同6月1日をもってプロレスを引退。その後は16年から「魔世軍」を結成し、総裁として各団体のリングに現れているが、レスラーとしては戦っておらず、蹴りも出していない。大仁田の現役引退を受けて「大仁田厚にもう1度蹴りを入れたい!」という強い思いから、29日に名古屋のリングに立つことを決意した。
大仁田が「足、大丈夫ですか?」とたずねると、青柳館長は「右足をプレゼントします」と言い、次のように語った。
青柳館長 僕は事故以降、子どもとのスパーリングでも1回も蹴っていない。でも、僕は大仁田という選手が人生の半分を占めている。大仁田選手がいたから、僕はここまでやってきた。死ぬ気で蹴るつもり。ドクターストップがかかっていて、当日も医者が3人くらい来るかも知れないけれど…徹底的に蹴ることを考えています。29日が最後のリング。30年前の対戦の衣装を着て誠心会館・青柳政司としてリングに立ちます。本当に最後…足が切れてもいい。
大仁田は「宿命と言おうか運命と言おうか…FMWの旗揚げから3連戦やって、それから30年。館長とは、ある種、戦いではなく運命。ラストの後楽園の前に名古屋が入るなんて」と感慨深げに語った。そして「これが事実上、最後の電流爆破。リングに上がったら、申し訳ないですけど敵同士。館長にこんなこと言ったら失礼ですけど…また足がバラバラになろうが、なんだろうが、しょうがない」と真正面から戦うと宣言した。
青柳館長は「分かっています。僕は右足をプレゼントしますから。でも…寂しい。寂しいね。40代ならともかく、現役を続けるのは、お互いに60になると体も…ね」と、引退を決意した大仁田をおもんぱかった。【村上幸将】

