場所前に引退届を提出した元前頭双大竜(35=時津風、福島市出身、本名・高橋亮三)の引退会見が、大相撲初場所3日目の16日、両国国技館内で行われた。

 02年夏場所初土俵。番付に初めてしこ名がのった翌名古屋場所では、7戦全勝で序ノ口優勝を果たした。09年秋場所で新十両昇進を果たし、1場所で幕下に陥落するも、11年名古屋場所で再十両。13年春場所で、唯一の幕内在位となる新入幕を果たした(最高位はこの場所の西前頭15枚目)。23場所務めた十両から陥落した15年夏場所以降は、幕下生活が続き、今場所の番付は西三段目31枚目だった。通算成績は351勝340敗20休。

 約15年の土俵人生に別れを告げ「精いっぱいできました。順風満帆でなく次から次へと壁があったけど、支えてくれる方々のおかげで乗り越え、成長できました」と感謝した。179センチ、126キロの小兵ながら福島・会津農林高、東農大のアマ時代を含め「生涯、一度も変化はない」と真っ向勝負が身上だった。ただ首を痛め、ヒジも右を2回、左を1回、手術するなど体は満身創痍(そうい)。「負けても悔しくなく気持ちが入らなくなった」と昨年9月の秋場所で負け越し(東幕下26枚目で1勝4敗2休)が決まり、師匠の時津風親方(元前頭時津海)に引退の意思を伝えていた。

 部屋で起こった力士暴行死事件、十両返り咲き前には野球賭博問題、八百長問題、そして故郷の福島が被災した東日本大震災が起こった。それらを思い返すと涙をこらえきれず「(不祥事で)お世話になった先輩も引退した。(被災地へは)精いっぱい相撲を取っている姿を見せないといけないと思った」と、言葉を振り絞った。

 2月3日に両国国技館で断髪式を行う。その後は、整体、鍼灸(しんきゅう)師などの資格を取り「相撲界で学んだことを生かせる道に進みたい」。第2の人生も変化なしの、真っすぐに歩むつもりだ。