クリストファー・ノーラン監督の作品には毎度イベント性がある。大スクリーンに胸躍らせた往年の感覚を思い出す。極力CGを排した「生身の映像」に、増幅された音響効果が加わり、肌がアワ立つ。手近なバーチャルでは味わえない「新感覚」を体験するために映画館に足を運びたくなる。

新作「TENET テネット」(18日公開)は、直訳すれば主義や信条となるが、回文となっているこの単語がほのめかすように、最大の見せ場は時間逆行の映像化だ。

幕開けはウクライナのオペラハウス。テロ事件の勃発で、鎮圧部隊に参加していた男(ジョン・デビッド・ワシントン)は、仲間を救うためにテロ組織に捕らえられ、謎の薬を飲まされる。昏睡(こんすい)状態から覚めると、フェイと名乗る人物から予想外のミッションを与えられる。未来からやってきた敵と戦い、第3次世界大戦を阻止せよというのだ。そして未来に開発された「時間の逆行」と呼ばれる装置とは…。

飛躍が過ぎる展開だが、リアルな描写に説得力があり、力ずくで引き込まれる。大掛かりなテロシーンは生々しく、火薬のにおいがしそうだ。謎の薬を飲まされるまでの拷問描写では、口の中に血の味がしそうな感覚になる。この男とともにあれよあれよと不思議世界に投げ込まれてしまうのだ。

「インセプション」(10年)で潜在意識の世界を、「インターステラ-」(14年)では5次元世界を「形」にして見せてくれたノーラン監督である。今回もただのタイムトラベル世界にはとどまらない。文字通りの動作の逆行で、時間の巻き戻しを手に取るように見せてくれる。時間の順行と逆行が入り交じるところもあり、それはそれは不思議な映像だ。極力特殊効果を排する監督の方針からすれば、俳優陣の労苦を思わずにはいられない。

逆行にあらがう男の力みや歯がゆさがひしひしと伝わり、通常のアクションシーンと違って、こちらも変なところに力が入る。

「ダークナイト」(08年)のカー・アクションにもさんざん興奮させてもらったが、今作では高速道で大型車両が3車線で異常な隣接状態で走るシーンに新味があった。CGを使わないこだわりは、これまでのノーラン作品同様、高額な映画料金に割安感を覚えさせる。

仕掛けはキャストにも行き渡っている。

主演のワシントンは父デンゼルより親しみやすい雰囲気がいい。敵か味方か、何かと絡んでくるニール役にはロバート・パティンソンの謎めいた雰囲気がマッチする。鍵を握る敵役の妻にふんするエリザベス・デビッキは2人より高い190センチ。モデル体形の高身長が場面場面にアンバランスをもたらし、物語全体に漂う違和感を象徴するようだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)