昨年、95歳で亡くなったドイツ出身の絵本作家ジュディス・カーさんの代表作に「おちゃのじかんにきたとら」がある。

一家のティータイムに突然訪れたトラは、礼儀正しいが食欲は野生そのもの。テーブルにあったものをすべて平らげてしまった上に、台所や食庫も空にして帰って行く。主人公の少女や母親はトラに優しく接し、帰宅した父親も慌てずに、食材がないなら夕食はレストランに行こうと提案する。一家はトラの再訪に備えてたくさんの食料を買い込みさえする。

読む人それぞれに解釈があろうが、貫かれているのは「他者への寛容」だ。そしてカーさんの作品はどれも優しくて明るい。

「ヒトラーに盗られたうさぎ」(11月下旬公開)は、彼女の自伝的小説「ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ」の映画化だ。

33年のベルリン。天真らんまんな9歳のアンナは両親と兄、お手伝いさんと何不自由なく暮らしている。が、ユダヤ人の父は批評家として新聞やラジオで痛烈にヒトラーを批判しており、間近に迫った選挙でナチスが勝てば粛正される危険があった。慌ただしくスイスへ逃れる一家。アンナは大好きなお手伝いさんと別れ、ももいろうさぎの縫いぐるみも手放さなければならなかった。

父親が仕事を得るためにそしてナチスの影から逃れるために、一家はスイスからパリ、そしてロンドンへと転居していく。

スイスの山村で都会っ子のアンナが浮いてしまったり、パリのアパート管理人がユダヤ人嫌いだったり…。おまけにプライドの高い父は知り合いの援助を嫌い、音楽家の母は家事が苦手だ。それでも事あるごとに一家は絆を深める。

根が楽天家のアンナは、なじめなかったスイスの山村でも親友に恵まれ、最初は言葉で苦労したパリでも作文で賞を取るまでになる。疎外されながらも、彼女は周囲の人の心の奥にある優しさに救われる。「おちゃのじかんにきたとら」を生み出す背景が見えてくる。

アンナ役の新人リーヴァ・クリマロフスキは好奇心むき出しの少女そのままに見える。共演はわくわくさせる配役だ。父親役のオリヴァー・マスッチは「帰ってきたヒトラー」(15年)のヒトラー役にはまっていたので、何とも皮肉というか、不思議な感じがする。そして母親役は「ブレードランナー2049」でピカピカの個性を見せたカーラ・ジュリである。

残虐なシーンこそ出てこないが、アンナの明るさが、逆に一家を追い立てる「嫌な空気」を際立たせる。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)