ポール・トーマス・アンダーソン監督(55)はカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大映画祭をただ1人制している。批評家の心をくすぐり続ける作風はブラックユーモアをちりばめてかなりエグい。

レオナルド・ディカプリオが正統派二枚目として注目を集めていた97年に、実在のポルノ男優をモデルにした「ブギーナイツ」への出演を断ったのも分かる気がする。この時の判断を「人生最大の後悔」と語るディカプリオが28年の思いを果たしたのが「ワン・バトル・アフター・アナザー」(10月3日公開)。監督がこだわる家族の機能不全や社会からの疎外といったテーマに移民問題を絡めて重層的な作品になっている。

ボブ(ディカプリオ)は国境で収容された移民を解放するために闘う過激な組織の一員だ。爆弾作りや銃器の扱いには手慣れているが、大胆でカリスマ性のある妻(タヤナ・テイラー)の陰で地味な存在だ。闘争が先行き不透明になった頃、妻は生まれたばかりの娘をボブにまかせ、闘いの旅に出てしまう。

過去を隠し、捜査の網をかいくぐりながら娘を育てるボブだが、10代に成長した娘ヴィラ(チェイス・インフィニィ)が何者かにさらわれてしまう。愛娘を救うためボブの「革命家魂」がしだいに覚醒するが…。

時代遅れのはずの「革命家意識」が分断の時代の妙にフィットし、対立軸にある現代の差別主義のこっけいさを改めて浮き彫りにする。IT捜査の裏をかく、旧過激派メンバー間の「連絡手段」にも工夫があって、不思議な説得力がある。

かつて移民収容所の担当官としてボブたちにしてやられた軍人ロックショーにショーン・ペンがふんし、白人至上主義者でありながら、ボブの黒人妻に執着するいびつな心情を巧みに演じている。監督得意のブラックユーモアの象徴のような存在として作品の核になっている。

対して娘ヴィラが通う空手道場のセンセイ(ベニチオ・デル・トロ)は、随所でボブを奇跡のように救い、他のブレブレの登場人物の中にあって揺るぎない良心を示す。

個性たっぶりのキャラクターに加え、アクションシーンも個性的だ。急勾配の坂道が続く一本道、延々と上り下りが続く終盤のカーチェイスは思わず見入ってしまう。このシーンに代表されるジェットコースターのような展開で、今回もアンダーソン作品には一筋縄ではいかない複雑な後味が残る。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)