日曜日のヒーロー&ヒロイン

LUNA SEA 30周年の初心、全国ツアー開催

ビジュアル系ロックバンドLUNA SEAが、30周年記念アルバム「CROSS」を携え、2月から全国ツアーを開催する。30年間を、RYUICHI(49=ボーカル)と真矢(50=ドラム)が、終幕からリブート(再起動)を自らの言葉で振り返った。そして、ともに苦楽を乗り越えてきた2人が、バンドの未来に向けて今やるべきことを示唆した。

30周年を迎え、より一層力強い雰囲気を放つLUNA SEAのボーカルRYUICHI(左)とドラムの真矢(撮影・河田真司)
30周年を迎え、より一層力強い雰囲気を放つLUNA SEAのボーカルRYUICHI(左)とドラムの真矢(撮影・河田真司)

★89年町田で結成

LUNA SEAは89年5月29日、東京・町田のライブハウスで産声を上げた。結成3年でメジャーデビューを果たしたが、彼らの歴史を語る上で避けて通れないのが00年の“終幕”だ。あの時、何が起きていたのだろうか。

真矢 バンドはいつでも最高の状態でいたかったんです。でもあのころ、みんな30歳を目前にして、もしかしたらLUNA SEAって衰退してくんじゃないかなって。ならば、今のままで止めたいなと思った。

RYUICHI 話し合いは1年以上続いたね。今思えば“終幕”という言葉に思いを乗せたんですよ。幕は閉じれば開くものだし。どこかでそういう気持ちがあった。だから、“解散”という言葉を使わなかった。

再び幕を開けるきっかけとなったのは07年12月24日。東京ドームで開催した一夜限りの再集結ライブ「ゴッド・ブレス・ユー~ワンナイト・デジャブ」だ。

RYUICHI リハーサル1発目の時の音がすごく衝撃的だった。あの時はまだ、未来の約束は何もされていない。でも音を出した瞬間、ここに育てられたんだな。この音だったら戦えるなと感じた。

真矢 LUNA SEAって僕の名字だと思うんです。LUNA SEAの真矢って。そんな感じがしたライブでした。

97年にも約1年間の充電期間を設けている。

RYUICHI あの時はメンバー1人1人の柱をそれぞれ太くしようって。1人1人が戦える力があるかどうか、1回バンド離れてやってみようという時期でしたね。

その間RYUICHIはソロ活動はもちろん、俳優にも挑戦した。

RYUICHI 僕は多分飽き性なんですね(笑い)。いろいろ面白いなと思ってやるんだけど、やっぱり歌ってるのが好き。ソロの時にものすごいミュージシャンたちといろんな経験をさせてもらったけど、自分が育ってきた音楽はLUNA SEAだなって。戻ってきた時に、何、この血が躍る感じ、みたいなのを感じた。

真矢はボーカリストとしてアルバムも出した。これはドラムにもいい影響を及ぼしたという。

真矢 いろんなところから音楽を見てみようと思った。音楽って音が命だと思っていたけど、歌ってみて呼吸の瞬間がものすごくドラムにも大事かもしれないって。音を出してるところ以外が大事だと初めて気づいたんです。

ライブバンドとして今なお走り続ける。30周年記念となるアルバム「CROSS」では、バンド史上初となる共同プロデューサーとして、世界的な音楽プロデューサーのスティーブ・リリーホワイト氏を招いた。

真矢 本当に音を楽しんでいて、多分このアルバムを作った中で一番楽しんでいたのはスティーブだと思う。僕らが初期に5人集まって音を出した時に、これだ! と思った感動のようなものをずっと持っていて、忘れていたもの思い出させてくれた。

RYUICHI LUNA SEAの音楽を世界基準の人が手がけると、こんな音色にしました、というアルバムだと思います。でもそれは意図的ではなく、彼の耳にはそう聞こえてるんですよね。それがものすごくかっこいいので、その辺はぜひ聴いて欲しいな。

LUNA SEAは、SUGIZOと真矢のバンドとINORANとJのバンドが合体。そこにRYUICHIが合流した。

RYUICHI 当時18歳くらいで、まあ、将来の岐路に立っていたわけです。そんな中で皆が、将来、日本一になるんだとか、そういう気持ちの強さみたいなのを持っていた。それは夢のような世界だったし、自分も信じてきてよかったと思えるメンバーと出会えました。

★趣味ゴルフ共通

当時のRYUICHIを真矢はこう振り返る。

真矢 眉毛ねぇな~って(笑い)。まだビジュアル系という言葉もなく、僕も赤い頭で街を歩いていると、おい、獅子舞とか言われた時代です。そんな時代にまさか眉毛を全部そっている人がいるなんてね。この気合は、半端ないな! って。そんな隆ちゃんが1回目のスタジオで、メロディーラインも、歌詞も、全部変えてきてくれた。それがまたすごくかっこよくて。初めてその5人で音を出した時に、パズルがガッと合わさるような感じがしましたね。

30年間もともに戦ってきた2人だが、お互いをどう思っているのだろうか。

RYUICHI 真ちゃんは、もともと色っぽかった。能をやっているので、間合いが独特だと思うんですよ。その時の緊迫感だったり、空気を止めたり流したり。そういうのを感じるドラマーはあんまりいない。それが真ちゃんのドラムなのでこれからもずっと磨かれていくでしょうね、きっと。僕は真ちゃんのドラムで育ちましたから。

真矢 隆ちゃんは昔から優しいんです。心に余裕があるんですよね、多分。だから、あっ真ちゃんおはよう! っていうあいさつ1発で周りの空気が変わるんです。それと、何をやっても極める人。飽きっぽいけど(笑い)。でも努力の影をあんまり見せないんですよね。さらっと極めてしまうんです。

2人にはゴルフという共通の趣味もある。ともにかなりの腕前でプロアマ戦にも出場する。

真矢 ゴルフって絶対練習しなければうまくならないじゃないですか。さっき言った通り、隆ちゃんはそれを見せないのに、さらっとやるんですよね。

RYUICHI いやいや。ひどいゴルフをしています。でも、ゴルフって結構長い時間遊べる。あの時間、お酒を飲んでたら体を壊しそうですからね。昔は飲んでましたけど(笑い)。

全国ホールツアーが2月1日から、埼玉・三郷を皮切りに開幕する。ライブバンドとしてLUNA SEAが走り続けるためにやるべきことはなんだろうか。

RYUICHI 持っているものはそんなに多くないかもしれないけど、その全てを、来てくれた人たちに見せられるような、全て出し切れるライブというのを目指して、1日1日を生きていきたいと思っています。

真矢 世阿弥の言葉に、初心忘れるべからずというのがあります。この初心はいつでも勉強せい! ということなんですよね。だから今は30周年の初心でやりたいと思います。

バンドの顔となるRYUICHIと底辺を支える真矢。2人の間には揺るぎない信頼関係が構築されている。今後10年、いや20年と走り続け、日本のレジェンドバンドを目指して欲しい。【川田和博】

◆LUNA SEA(ルナシー)

89年、RYUICHI(ボーカル、70年5月20日生まれ)SUGIZO(ギター/バイオリン、69年7月8日生まれ)INORAN(ギター、70年9月29日生まれ)J(ベース、70年8月12日生まれ)真矢(ドラム、70年1月13日生まれ)の5人で結成。河村隆一はソロ活動名。結成当時の表記はLUNACY。90年に現表記に変更。92年、MCAビクター(現ユニバーサル・ミュージック)からアルバム「IMAGE」でメジャーデビュー。98年、NHK紅白歌合戦に出場。17年以降、アリーナ会場ライブの電源を、水素エネルギーによる燃料電池自動車の供給で行っている。

(2020年1月26日本紙掲載)

 
 
 
 

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