初の芸能番記者コラム-。一体、何を書いたらいいのだろう。全く思い浮かばなかったので、自己紹介も兼ね、これまでの社会人生活を振り返ろうと思う。

現在、入社2年目。昨年8月、文化社会部社会班に配属された。競泳を20年間続けた記者は、スポーツを取材したく、日刊スポーツに入社した。現場でしか感じることのできない、空気感、緊張感、リアルを読者に届けたかった。しかし、配属は、これまで最も避けてきた社会。国会の仕組みや、時事問題に全く興味がなかった記者には、正直、地獄だと感じた。

しかし、社会記者として、1年2カ月をすごした今、思うことは「やってよかった」だ。むしろ「まだやりたかった」とも思う。配属前の自分に伝えても、きっと信じてくれないだろう。あおり運転逮捕現場、従業員がストライキを行った佐野サービスエリア、東京オリンピック(五輪)延期、新型コロナウイルス関連報道、都知事選、安倍首相辞任…これだけ激動の1年は、あまり経験できないだろう。

4月からは五輪担当として、都庁に通い詰めた。小池百合子知事に2回インタビューをした。時事問題に疎かった自分だからこそ、感じた疑問、気付けた点も多かったと思う。特に、新型コロナ報道では、未曽有の事態に、1つでも言葉を間違えると大変なことになると、重圧もすごかった。

アビガンを服用し、回復したという、ソラ豆琴美さんにインタビューをしたことが、今でも心に残っている。一番読者に伝えなければならないこと、伝えたいこと、あと何があれば分かりやすいのか…など、デスクと何回も協議を重ねた。「より良いものを届けたい」。この考えは、デスクによって、育てられた考えだ。ここだけの話、「そんなこといいだろ…」と突っ込みたくなるほど、こだわるデスクもいたが、今は一番感謝している。

感染者が再び急増している11月、芸能班へ異動となった。社会班の時と大きく違うのは、現場を決められていること。舞台あいさつ、コンサート、さまざまな芸能のイベントに日々、取材に向かっている。

これからどうやって、芸能記者として歩んでいこうか…。今、非常に頭を悩ませている。1年後には、「もっとやりたい!」と、思えているのだろうか。