歌舞伎の人間国宝で、ドラマ「鬼平犯科帳」シリーズでも知られる中村吉右衛門(なかむら・きちえもん)さん(本名波野辰次郎=なみの・たつじろう)が11月28日午後6時43分、心不全のため都内病院で亡くなった。77歳。今年3月28日に心臓発作を起こし入院、治療を続けていた。葬儀、告別式は親族葬で執り行う。兄は松本白鸚、おいは松本幸四郎、四女の夫は尾上菊之助。

【家系図】中村吉右衛門さん家系図 兄は松本白鸚、おいは松本幸四郎、めいは松たか子、四女の夫は尾上菊之助>

本番中にもかかわらず、吉右衛門さんが三味線方に「もっと、もっと!」と言った舞台を見たことがある。当たり役の1つ「俊寛」で、感情が高まる場面だった。一瞬びっくりしたが、「もっと!」で興ざめになるということがないのが不思議で、役に入り込むのと、いい舞台をという気持ちの極限を見たようだった。

歌舞伎でも「鬼平犯科帳」などに代表される映像作品でも、かっこいい吉右衛門さんだが、なぜか「モテない男」と自称していた。当代一の花魁(おいらん)に一目ぼれするさえない男を演じる前は「自分のことを考えればいい」と役へのアプローチを語った。半分冗談、半分本心のようだった。半分本心の部分があったからこそ、舞台でかっこいい男を演じる時のスイッチの入り方はすごかった。「さぞ女がほれただろう、という男をにおわせたい」と話した「孤高勇士嬢景清 日向嶋」では、におい立つような色気を感じた。

取材では大きく構えたところを見たことがない。笑いをはさんで和ませた。味覚障害を明かした時、詳細を聞こうとする記者たちを関係者が止めるのを制し「いいよ、いいよ、本当のことを言いたいから」と説明したこともあった。

「笑うことは元気になるし、周りも元気にさせる」と言っていたように、優しい笑顔の人だった。【小林千穂】.

松本白鸚「とても悲しい。たった1人の弟ですから」中村吉右衛門さん追悼>