ご当地ソングの女王・水森かおり(52)がデビュー30周年を迎えた。このほどインタビューに応じ、30年の思いなどを語った。

水森 デビューから紅白までの9年は、今振り返っても長かったなって思います。でもその経験で、今があると思っています。紅白から現在までは、本当にあっという間でした。

1995年(平7)9月25日に「おしろい花」で歌手デビューした。9年目の03年末に、代表曲「鳥取砂丘」でNHK紅白歌合戦に初出場した。以来、昨年まで22年連続で夢舞台に立ち続けている。

自身が言う「長かった9年間」には“崖っぷち”もあった。その窮地があったからこそ「ご当地ソングの女王」は誕生した。

短大卒業後、歌手志望の水森は現在所属する大手の長良プロダクションに入った。同社主催の「山川豊の妹分コンテスト」(94年)に応募。優勝は逃したが「レッスンを受けてみないか」と誘われた。

電話番などスタッフとして働きながら、レッスンを受けた。デビューできたが、甘くはなかった。4作目「いのち花」(97年)の時、スタッフに「この曲が最後かも」と言われた。“クビ”の予告だった。

心機一転、5作目「かりそめの花」、7作目「竜飛岬」と徐々にヒットの兆しが見え始めた。そして、ついに転機の曲と出会う。10作目「東尋坊」(02年)である。福井県の日本海を臨む有名な断崖絶壁が舞台の歌だった。

ところが、水森は歌謡曲調のカップリング曲「哀愁(かなしみ)紀行」の方を歌いたいと、社長(故・長良じゅん氏)直訴した。

水森 社長に「お前、何言ってるんだ!(歌手として)崖っぷちにいるんだぞ」と怒られました。

「東尋坊」は、実は崖っぷちに立っていた水森を重ねた作品だったのだ。

そして、同曲の歌詞が、その後の水森の方向性を決定づけた。

♪右と左に分かれる影を 夕日が染めてく 日本海

水森 (作詞の)木下龍太郎先生が「東尋坊は別れ旅の歌だ。別れた女性が1人になって、次はどこに行くのか」とおしゃった。先生の中に、ストーリーがあったのだと思います。

恋しい人と別れ、日本海に向かって左に歩み出した女性のたどり着いた場所が、木下氏作詞の紅白初出場曲「鳥取砂丘」だった。

水森 しっかりとした意図を持って、ご当地ソングとしてスタートしたのは「東尋坊」からと言っていいと思います。

恋に破れた女性が、明日に向かって、全国各地へひとり旅を続けるという、水森独特のご当地ソングのコンセプトが確立した。

30周年記念曲「大阪恋しずく」(作詞かず翼、作曲・弦哲也、編曲・伊戸のりお)は、大阪が舞台の幸せ演歌である。かつてアルバム収録曲に1曲あったが、メインのシングル曲としては36作目にして初の幸せ演歌である。

巡り合った人と幸せをつかんだ女心を歌う。30周年の節目の舞台を、大阪にしたのには理由がある。

水森 30年前のデビュー日は、(キャンペーンで)大阪にいました。だから私は東京出身ですが、「歌手水森かおり」は大阪で生まれた、と思っています。なので原点回帰で大阪を舞台にしたんです。

カップリング曲「我が輩は猫である」(作詞・鮫島琉星、作曲・大谷明裕、編曲・竹内弘一)も、猫目線の異色作として話題だ。高齢者の独り暮らし問題や、飼い主に先立たれるペット事情がテーマだ。重い歌のようだが、「ニャンニャンニャン…」の歌い出しやテンポのよいメロディー、水森の澄んだ歌声が中和剤となり聴きやすい。

水森 こういう作品は初めてです。私も犬を飼っているので、想像したらちょっと泣けるというか。でもこれが現実で、いろいろ考えさせられます。

30周年記念で、8月6日に松山千春、沢田研二、長渕剛、井上陽水ら男性ボーカリストの名曲をカバーした初のアルバム「Heartful Songs」を発表した。新しいアレンジで、水森の歌唱力が際立つアルバムである。

水森 オリジナリティーを大切にして、リスペクトを持って、でも水森かおりの世界で歌うことを意識しています。

デビュー日前日の9月24日には、恒例のアルバム「歌謡紀行24~大阪恋しずく~」を発表。収録の新たな書き下ろし作品を加え、水森のご当地ソング数は170曲になる。そして、あと福岡県と徳島県を歌えば、47都道府県を制覇する。

水森 福岡と徳島が残ったのは、(意図的に47都道府県制覇を)狙ってつくって来なかった結果だと思います。ライフワークとして、日本の美しい風景を歌い続けたいと思います。

デビュー日の9月25日から、東京のLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で「30周年記念メモリアルコンサートツアー~歌謡紀行~」をスタートさせる。愛知、福岡、宮城、埼玉、大阪と続く。

水森 私の30年の歩みを知っていただけるような内容になると思います。

「大阪恋しずく」はハッピーエンドの幸せ演歌だが、水森のご当地ソングは恋に破れた女性が全国各地へひとり旅を続けるのがコンセプト。次作がどうなるのか気になる。

水森 30年を歩んで来られたファンの皆様への感謝の思いが、記念曲に込められている気がしています。なので幸せ演歌で良かった。でも(次作は)また(恋に)破れるんですかね(笑い)。分かりません!

水森の紅白連続出場と、ご当地ソングの旅はまだまだ続く。【笹森文彦】

◆水森(みずもり)かおり 本名・大出弓紀子。1973年(昭48)8月31日、東京・北区生まれ。「釧路湿原」(04年)で第37回日本作詩大賞、「五能線」(05年)などの歌唱で第47回日本レコード大賞最優秀歌唱賞、「島根恋旅」(14年)で第47回日本有線大賞を受賞。鳥取砂丘観光大使、輪島市観光特別親善大使(石川)などこれまで28カ所の観光大使等に就任。出身地の東京・北区はアンバサダー(親善大使)。歌碑も多数。血液型B。