フリーアナウンサー久米宏さんが死去したことが1日、肺がんのため亡くなった。81歳だった。所属事務所「株式会社 オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトを更新し、発表した。TBS時代は「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「料理天国」で“視聴率90%男”として人気を集め、フリーとして報道転身後はテレビ朝日系「ニュースステーション」でニュース番組に革命を起こすなど、希代のスターアナウンサーとして放送史に功績を刻んでいる。
◇ ◇ ◇
久米さんは早大卒業後の67年、TBS入社。TBSラジオでの軽妙なリポートで頭角を現し、75年「料理天国」で芳村真理のアシスタントMC、「ぴったしカン・カン」司会で一躍人気者に。78年に黒柳徹子とのコンビで音楽番組「ザ・ベストテン」司会者となり、3番組で“視聴率90%”のスターアナウンサーとなった。
79年6月、34歳でTBSを退社。ラジオも含め、4番組すべて引き継いでのフリー転身で話題を呼んだ。80年には日本テレビ系「おしゃれ」の新司会者となり人気番組に押し上げたほか、82年には同局生放送「久米宏のTVスクランブル」もスタート。NHK大河ドラマ枠の裏で20%超えの視聴率をマークした。
81年8月、愛人が所属事務所で自殺未遂事件を起こすスキャンダルに見舞われた。全番組の辞意を申し出たが、謹慎中にも続投を求める視聴者の声が相次いだ。「ザ・ベストテン」の視聴率は謹慎直前の31・6%から35・0%に上昇するなど久米人気を印象付け、いずれの番組も約1カ月で復帰している。当時会見した久米さんは、事件の詳細について「一生話しません」と答えている。
85年春、充電を理由にすべての番組を降板。同10月、テレビ朝日系「ニュースステーション」のキャスターとなり、報道に転身した。分かりやすさと、歯に衣(きぬ)着せぬコメントでニュース番組に革命を起こし、小宮悦子キャスターとのコンビで視聴率20%超えの看板番組となった。04年3月26日、最後の放送で手酌のビールを一気に飲み干し、18年半の歴史に自ら幕を引いた。
06年、古巣のTBSでラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」をスタートさせ、20年に終了。放送の中で「番組は下り坂になってからやめるというのが一番良くない」と“語りのプロ”としての自負をのぞかせ、幕を引いていた。
◆久米宏(くめ・ひろし)1944年(昭19)7月14日、埼玉県生まれ。早大卒後の67年、TBS入社。79年退社しフリーに。85年から04年までテレビ朝日系「ニュースステーション」キャスターを務めた。血液型A。



