元プロ野球選手でタレントの長嶋一茂(60)が11日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜午前8時)に生出演。東映、巨人、ロッテで外野手として活躍した元プロ野球選手で、最近まで「球界のご意見番」として親しまれた張本勲さんの訃報(ふほう)を受け「本当に残念ですね」と、沈痛な表情で追悼した。
張本さんと最後に会ったのは、昨年6月に亡くなった自身の父、長嶋茂雄さんの葬儀の席だったと振り返り「お焼香をする時に父の遺影があって。それを本当にずっと長くご覧になっていて、家族側の私の方にも顔を向けてちらっと僕の方も見て、とてもさみしそうな、悲しそうな顔をすごく、長く。僕も目と目でしか、その時に言葉は発しませんでしたけれど。それが最後の印象でした」と口にした。
ヤクルト、巨人で活躍した一茂は「僕は現役時代、張本さんに野球を教わったこともあるし、思い出は本当にたくさんある」と述べ、「小学3年の時に父が引退して、僕が小学4年の時に監督をやったんだけれども、ジャイアンツ史上初めての最下位という屈辱を巨人軍、関係者、ファンも味わった。そこには(選手としての)長嶋茂雄がいなかった(から)という見出しがついた新聞も覚えていますが、その次の年に張本さんが(巨人に)いらっしゃって見事に優勝した」と、張本さんの功績をたたえるように語った。
番組では、かつて一茂がキャスターとして張本さんをインタビューした際の映像も放送。その時、張本さんが幼少時、広島で被爆した経験を語り、一茂に「被爆者健康手帳」を見せるシーンも報じた。張本さんが野球を目指すきっかけになったのが、試合で広島を訪れた野球選手が宿舎で米と大きなステーキを食べていたのを見て「野球選手になればうまいものが食える」として中学から野球部に所属したというエピソードも紹介された。
一茂は、張本さんが巨人に移籍して優勝した年の年末の納会でのエピソードも回顧。「椿山荘でジャイアンツは納会をやっていたが、張本さんもいらっしゃって。ビュッフェスタイルでしたが、なぜか小学5年生の私に、いろいろな食事を持ってきてくれて。初めて会ったんですけど、『一茂、食べろよ、食べろよ』『食事はとにかくたくさんしないとだめなんだ』と」と、当時を振り返った。
「今のVTRにもあったように、食への思いというものもその時から当然ありましたし」と張本さんの胸の内に思いをはせ、「とてもやさしくて、体がでかかった。本当に大きかった」と、子ども時代に抱いた張本さんの印象も口にした。
張本さんは9日に東京都内の病院で亡くなったことが10日、公表された。86歳だった。



