ファースト写真集発売決定にあたって俳優大谷亮平(45)のインタビューを行った。後半、脱線してスポーツの話題になった。最近の仕事ぶりはバレーボール解説者のようですね、と聞いたのが始まりだった。
「バレーが今盛んで、世界大会だったり多いですからね」。大阪の強豪校・清風バレー部出身の大谷は、バラエティー番組のバレー特集回に呼ばれたり、情報番組で日本代表の解説をしたりしている。
俳優歴20年に対し、バレーボール歴は36年。「バレーボールから始まった人生。一番長くやってるんで」と今後もやめるつもりもないという。表情は生き生きしていた。何せ、近年の日本は強い。
「生きてるうちにサッカーW杯の優勝見られるのかなって話を聞きますけど、その感覚。僕、ないと思ってました。世界はどんどんでかくなっていって。気合とかじゃなくて、無理なもんは無理だよ、この身長差はって思ってたんで。どうなってんの、今って思います。やってた人間はより分かるじゃないですか」。
私も昔バレー部だったので、実感として分かる。戦法次第で小さくても勝てる競技がある一方で、ラグビーとかバレーとか、体格がものをいう競技も少なからずあるのだ。
小学生でバレーを始めた大谷少年は、大林素子さんのファンだった。自由席のチケットを握り締めて遠くから眺めていた。「芸能界に入って一番うれしかったことは大林さんと会えたことって、いまだに言ってるんですけど。そんな幼少期の自分が今、代表選手と関わらせてもらうとか、夢みたいな話ですよね」。男子代表の練習取材に行くと身が引き締まる。「バレーやってる人がたくさんいる中で、この仕事をしてるから関われている。どっちも一生懸命やって、この先も関わらせてもらえたら」。
役者としても22年のTBS系日曜劇場「オールドルーキー」でバレーのコーチを演じた。19年の「ノーサイド・ゲーム」ではラグビーの監督役だった。「シンプルだけど人を熱くさせるのがスポーツ。台本はめっちゃシンプルで、筋書きが分かっちゃう。けど見ると、すごく感動を届けることができた」と、ドラマでもその良さは変わらなかった。今後、演じたい役柄として「そういうスポーツ関連で熱くなれる役。あと最近、父親役が多くなってきたので。一つ憧れがあるのが、何かを命懸けで守る、泥くさいおやじみたいな役をやってみたい」と挙げた。
さて清風3年時、大谷は国体に出場している。80年生まれということは…と思って聞いてみた。「松坂世代、ですよね?」。「モロですね」。
97年秋から98年にかけて平成の怪物、松坂大輔擁する横浜は公式戦無傷の44連勝という偉業を成し遂げた。夏の甲子園決勝のノーヒットノーランはあまりに鮮烈だった。その興奮も冷めやらぬ秋に行われたのが国体だ。「松坂フィーバーがピークの時で、すごいことになって開会式がなかなか始められなかったんですよ。すっごい覚えてます」。
開会式後、駅の向かいのホームに松坂選手らしき人を見た記憶があるという。「違うんでしょうね。絶対電車で帰すわけないですもんね」。夢かうつつか、今も定かでない。
おそらく横高はスクールバス移動だと思うけれど、それが“本物”だったのかはいったん置いておく。実はバレーに劣らず野球が好きだそうだ。「まだ本人にお会いする機会がないんで、会ったらね。国体一緒でしたって、言ってみたいですね」。
同席していた大人の皆さんに「写真集の話を…」と軌道修正されて我に返った。写真集の記事では触れられなかったので、こちらに書かせていただきました。【鎌田良美】



