◆石原慎太郎さん語録◆
「美濃部さんのように前頭葉の退化した60、70の老人に政治を任せる時代は終わったんじゃないですか」(75年3月、都知事選に出馬)
「宮崎県のリニアの実験線は豚小屋と鶏小屋の間を走っている。日本の技術力を世界に示す場所としてふさわしくない」(88年1月、運輸大臣として)
「今の政治家は保身のためにしか働いていない。日本を去勢された中国の宦官(かんがん)のような国家にした責任は我々にある。慚愧(ざんき)の念に堪えない。よって本日この日限りで議員の職を辞する」(95年4月、衆院本会議で)
「石原裕次郎の兄であります。都民、国民を代表して一種の革命をやってやろうと思う」(99年3月、都知事選出馬を表明)
「ああいう人ってのは人格あるのかね」(99年9月、都知事として府中療育センターを視察し)
「三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、大きな災害では騒擾(そうじょう)事件すら想定される。皆さんに出動していただき、治安の維持も大きな目的として遂行してほしい」(00年4月、陸上自衛隊練馬駐屯地創隊記念式典で)
「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語として失格しているのもむべなるかなという気がする」(04年10月、首都大学東京の支援組織設立総会で)
「フリーターとかニートとか、何か気のきいた外国語使っているけどね。私に言わせりゃごくつぶしだ、こんなものは」(06年3月、都議会で)
「来たらいいじゃない、金出して買ったんだから。ありがたがることないよ、パンダぐらいで」(11年2月、パンダ2頭の来日が決定し)
「これはやっぱり天罰だと思う」(11年3月、東日本大震災が発生し)
「もう、あれ、俺辞める。いつか若い連中が出てきて足をすくわれると、そういう戦慄(せんりつ)を期待したけど、全然刺激にならない」(12年1月、芥川賞選考委員を辞任)
「厚化粧の女に任せるわけにはいかないね、これは」(16年7月、都知事選増田寛也氏の決起集会で)

