将棋の最年少6冠、藤井聡太竜王(王位・叡王・棋王・王将・棋聖=20)が渡辺明名人(38)に挑戦する第81期名人戦7番勝負が5日、ホテル椿山荘東京で開幕する。名人初挑戦で史上最年少名人、7冠の偉業がかかる大一番。直前連載「名人をこす」の2回目は恩師の思いをお届けします。

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ずっと黙っていた。小学4年の8月、藤井は5歳の冬から通っていた愛知県瀬戸市にある「ふみもと子供将棋教室」を卒業することになった。9月からプロ棋士養成機関「奨励会」への入会が決まり、プロと同等とみなされることになり、ちまたの教室には通えなくなるからだ。

夏の終わりのある日、母裕子さんとともにあいさつに教室を訪れた。文本力雄塾長(68)は真っすぐにみつめ、こう伝えた。

「聡太、よう聞けよ。名人、目指すなら応援せんでな。名人の上を目指すなら 応援するで!」

藤井少年はうなずくでもなく、言葉を発することもなかった。“長考”に裕子さんは「目指すよね、目指すよね」と言葉を繰り返したが、ずっと黙っていた。

文本氏は「意味不明やがの。子供には何を言っているかって。不明だよね」と当時を振り返る。

将棋の基礎を学んだのは「ふみもと-」だった。週に3回、1日3時間。20級から始まった級は1年間で4級へ昇級し、同教室の1年間で16級昇級する教室記録を樹立。将棋の基礎となる「定跡本」(約480ページ)はたった1年間でマスターした。

驚異の上達力に文本氏は「将来、必ず名人になれる子」と周囲に漏らしたが、「名人?」とせせら笑われた。奨励会は、全国の天才が集い、競い合う。多くの「天才」は夢を絶たれ、名人を目指す道を歩めない。

「全国に100人ぐらい天才少年がいるとすると、みんな決まって言うことは『名人になりたい』。聡太にはそこ止まりではなく、みんなと同じ目標、線引きではつまらないと思った」。

教室を卒業して5カ月後、ラジオでの「名人超え」を伝え聞き、文本氏は「あっ、返事したな」とつぶやいた。「私の言ったことの答えを聡太なりに考えてくれたんだなと。うれしかった」。約5カ月間の“長考”だった。プロ入りし、タイトル奪取をしても、この“長考スタイル”は変わっていない。会見でも、答えが見つかり、まとまらない限り、口を開かない。

常識を覆す「名人超え」。規格外の少年の進化を加速させたもう1人の恩師がいた。【松浦隆司】