先の前橋G3で実戦に復帰した新田祐大
先の前橋G3で実戦に復帰した新田祐大

今回の敢闘門の向こう側は『いま聞きたい、あの人に』と題して、最も気になっていた新田祐大(38=福島90期S級1班)を取り上げたい。【取材・構成=野島成浩】

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新田は一昨年10月に寛仁親王牌を制してG1グランドスラマーになり、自転車競技では12年ロンドン、20年東京と五輪に2度出場したスーパーアスリート。ただ、ナショナルチームを離れ、S級S班から陥落した今年はジェットコースターのようにリズムが乱れている。

1月いわき平G3を優勝したが、直後の2月、岐阜G1全日本選抜でよもや先頭員早期追い抜きの失格(最終日・特選)を喫し、以後は自粛欠場とあっせん停止を合わせて3カ月半ほど実戦から離れた。そして復帰初戦の6月前橋G3は決勝進出ならずも、準決以外で3勝を挙げた。やはりタイトル戦線に欠かせぬ顔役が、いまどんな心境なのか。前橋を戦い終え、帰途に就くまでのわずかな合間に、取材に応じてもらった。

新田祐大(左)が佐藤慎太郎と2予ワンツーを喜ぶ
新田祐大(左)が佐藤慎太郎と2予ワンツーを喜ぶ

インタビューを快諾してもらいながらも、冒頭から、やはりあのことを聞かずにはいられない。新田が先頭員早期追い抜きで失格したのは、11年6月高松宮記念杯(前橋)と16年12月KEIRINグランプリ(立川)からこのたびの岐阜で3度目になる。さぞかし耳障りな質問だったと思うが、精悍(せいかん)な表情と、いつものように真摯(しんし)な姿勢に変わりはなかった。

新田 ルールがどうとかへの思いはない。ルール上のことで、ルールが分かっているとか、分かってないとかではない。結果として(失格に)なった。そういうこと(3カ月半の欠場)になったらなったで、対応するだけだった。

せきを切ったように、欠場した期間を思い起こしながら語り始めた。

新田 運がよかった。ナショナルチームと練習できる、そういう時間になった。失格が元だから、充実したという言い方は変だが、競輪選手として、プロとして、アスリートとして、充実した時間を過ごすことができた。

前橋G3前検日の近況報告では、パリ五輪・自転車トラック日本代表に選ばれた長迫吉拓(ながさこ・よしたく、30=岡山県出身)と鍛えた日々を明かしていた。

新田 長迫と一緒にシェアハウスのような施設で生活し、トレーニングした。オリンピックへの思いが強い長迫から「協力してください」と。体のケアだったり、栄養の管理だったり。状態のピークを持っていくところを彼に合わせた。彼が体脂肪を落としていく際は、自分も同じ気持ちで、同じように。いいトレーニングができて、体も体調もすごく良くなった。長迫には、こういう時を過ごせるのはこれが最後かもと伝えた。長迫からは、「今まで以上に強い新田祐大さんを見せてください」と。前橋で決勝に行けなかったから、「準決はダメでしたね」とからかわれるかも(苦笑)。

新田祐大が前橋G3最終日のレースに見入る
新田祐大が前橋G3最終日のレースに見入る

自身をさらに高め、同時にここまで高めたノウハウを後進に伝えようとする思いがひしひしと伝わってくる。

新田 ナショナルチームで多くの方に出会った。メダルを取った人、そうでない人。アスリートだったり、そうでなかった人。学ぶことが多かった。自分が感じたこと、吸収したことをしっかり、いい形で引き継ぎたい。いま、ナショナルBチームを指導することもある。パリ五輪は短距離も中長距離も、かなりの数のメダルが取れそう。Bチームはパリの次を目指している。早く強くなってもらいたいから。

自身は05年7月の輪界デビューから、間もなく20年目に突入する。衰えを食い止め、そして進化する。出でよ挑戦者-。世代交代の旗手との対戦を待ち望むように、若手へのエールが続いた。

新田 僕もきっかけをつかめずに大変な思いをした。自分より早くS級に上がった人がたくさんいる。今は情報が多いでしょ。それにお金も得られる。お金をかければ、その対価としていろんなことを試せる。きっかけに早く気づけたら。それを早く見つけられたら、強くなるのが早まる。

たっぷりと充電した新田祐大がG1高松宮記念杯で本領発揮といくか注目したい
たっぷりと充電した新田祐大がG1高松宮記念杯で本領発揮といくか注目したい

〈取材後記〉新田のプロフィルを準備しながら、売り出し中の頃がフラッシュバックした。元より強みはダッシュ。自動車にたとえると低速、中速、そして高速からでも、さらに上のギアに変えることができる。新田は実直に後攻めから押さえ先行にこだわり、そのまま押し切ることもあれば、末を甘くして着外にもなった。S級では、山崎芳仁や佐藤慎太郎ら後位の選手をG1タイトルに導いた。

タイトル戦線の主役になった今は警戒され、力を出し切る走りは、まれ。前橋G3の準決はライン3車でも、実際は6対3のような流れから苦戦した。「相手から警戒されると心の準備はしたが、組み立てが甘かった」とレース勘の鈍さを明かした。仕上がりでは、もう充電はたっぷり。逆の見方をすれば、読みがさえれば勝てる、勝つ。

11日開幕のG1高松宮記念杯でも雄姿を見せられるか!? あの両肘を直角に曲げる独特のフォームで、バンクからの遠心力に耐え、空気を切り裂いていく。痛快に前団をのみ込む。自身が望むライン決着に持ち込んだ時、すなわち敵陣は崩壊している。

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◆新田祐大(にった・ゆうだい)1986年(昭61)1月25日、福島県会津若松市生まれ。県立白河高卒。競輪学校(現・選手養成所)に技能試験で合格し、90期生として訓練2勝、総合成績52位(総勢73人)。卒業記念レース成績は2、4、3、7着。05年7月函館でデビュー(1、7、棄)し、初優勝は06年4月京王閣A級レインボーカップセカンド。07年6月豊橋でS級初優勝、10年立川のSSカップみのりでG1初優勝を飾った。その後15年3月の京王閣日本選手権からオールスター、高松宮記念杯、競輪祭、全日本選抜、そして22年10月前橋で争われた寛仁親王牌を制し、井上茂徳氏(現・評論家)、滝沢正光氏(養成所所長)、神山雄一郎(栃木61期・S級2班)に続く4人目のG1グランドスラマーになった。通算成績1124戦397勝、優勝60度、総取得賞金12億2566万6211円。競技では五輪に12年ロンドン(チームスプリント8位)と21年東京大会(ケイリン16位、スプリント26位)の2度出場。世界選手権には09年ポーランド大会を皮切りに9度挑んだ。172センチ、血液O型。(データは6月10日現在)。