「平原さん、やりました!」 伏兵の宿口陽一(37=埼玉)が、山崎賢人のまくりに乗った吉田拓矢追走から直線鋭く差し切った。G1初決勝での優勝は、07年高知オールスターの飯嶋則之以来、平成以降で6人目。大会直前のけがで欠場した同県のエース平原康多に贈る大金星となった。宿口は初のグランプリ切符も手に入れた。2着は吉田、3着は守沢太志で、人気の清水裕友は5着に敗れた。

無人のスタンドに左手を突き上げた。宿口がG1初決勝初Vの快挙を成し遂げた。涙はない。「信じられません。予感? 全然ありません。このメンバーで勝てるとも、決勝に乗れるとも思っていなかった。自分が一番驚いています。夢なんじゃないかな」。ぼうぜんと空を見つめる表情がすべてを物語っていた。

ただ、期するものはあった。直前の練習中に同県のエースで大先輩、そして練習仲間の平原康多が左肘を骨折して欠場。宿口は「平原さんが一番悔しい思いをしている。その分まで頑張ろう、という気持ちは強かった。こういう形でいい報告ができます」と言うと、ようやく笑みがこぼれた。

その平原は自宅のテレビの前で感極まっていた。「鳥肌が立ちました。家族で観戦していて、みんな宿口のことをよく知っているから興奮していました。20年以上のつき合いで、一番一緒にいる時間が長い選手。自分のことよりもうれしい」と涙をこぼした。そして「初めて決勝に乗って取るんだから、運を持っているんでしょうね。年末の静岡(グランプリ)はスーツを着て応援に行きますよ(笑い)」と言いながらも「一緒にグランプリへ」の思いを強くした。

来年はS級S班として赤いパンツで戦う。だがヒーローは「僕は変わらない。また一から、1つ1つレースをしていくだけです」と自分を見失うことはない。今後も宿口は、練習はもちろん、生活のあらゆる面でまねをしている平原の背中を追い掛け、コツコツと地道に競輪道を歩んでいく。【栗田文人】

◆宿口陽一(やどぐち・よういち)1984年(昭59)4月3日、埼玉県ふじみ野市生まれ。川越工高から自転車競技を始め、02年8月高校総体チームスプリント2位。競輪学校(現選手養成所)91期生として06年7月小田原でデビュー。通算1301戦315勝。通算獲得賞金は2億6988万9700円。169センチ、72キロ。血液型AB。