2014年ソチ五輪(オリンピック)で初採用されたフィギュアスケート団体を見たとき、強い違和感を抱いた。本番前の前哨戦のように感じたからだ。実際に腕試し気分で技の難度を下げて臨む強豪国の主力もいた。個人戦を控えた選手の負担も大きい。伝統の個人競技になぜ団体戦が必要なのか疑問だった。
そんな違和感や疑問がきれいに霧散した。ミラノ・コルティナ五輪の団体で銀メダルを獲得した日本のペア、三浦璃来、木原龍一組の圧巻の演技を見たからだ。今季世界最高の自己ベストでトップ。かつて“弱点”と言われた種目が、日本の大黒柱へと急成長を遂げたのだ。これこそが団体戦の真骨頂なのだと思った。
私は1990年代にフィギュアスケートを担当した。当時は世界女王の伊藤みどりさんの全盛期で、世界選手権や五輪など海外の大会も取材したが、ペアやアイスダンスの選手を取材した記憶はない。世界での実績がなかったからだ。そもそも日本はシングルに選手が偏り、ペアやアイスダンスは競技人口も指導者も極端に少なく、練習できるリンクも限られていた。
ソチ五輪開幕前の日本人の世界ランクは、男子の羽生結弦が1位で女子の浅田真央が2位だったが、アイスダンスは23位、木原と高橋成美のペアは57位だった。団体はロシア、米国、カナダの3強に遠く及ばず、ソチから2大会連続5位。“2弱”の肩身は狭かった。何とか自分たちの力で日本にメダルを。選手も、日本連盟も本気になった。
象徴的な存在が木原だった。13年に日本連盟の打診を受けてシングルからペアに転向した。パートナーを代えながら経験と実績を積み上げてソチから4大会連続出場。三浦とのペアで初出場した前回の北京で7位に入賞した。その後、世界選手権、GPファイナルで頂点に立つ。
「何度もシングルの方に助けられてきた。今度は自分たちが助けられるように強い気持ちで臨んだ」。今大会の団体フリー演技を終えた木原の言葉に、すべてが凝縮されていた。
初出場のアイスダンスの吉田唄菜、森田真沙也組はフリーで5カ国中5位に終わったが、日本は連覇を達成した米国に1点差に迫った。「次の五輪ではアイスダンスが得点源になる演技や強さを目指したい」。吉田の言葉に4年後の金メダルが見えた気がした。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)


