「生きるか死ぬかの覚悟で挑んだ。生きててよかった」。前回金メダリストの平野歩夢の言葉が、史上最高レベルの“死闘”を象徴していた。ミラノ・コルティナ五輪(オリンピック)スノーボード・ハーフパイプ(HP)男子決勝は、人間の限界を競い合う、命懸けのアクロバットのようだった。

男子ハーフパイプ決勝 2回目を終え、声援に応える平野歩夢(ロイター)
男子ハーフパイプ決勝 2回目を終え、声援に応える平野歩夢(ロイター)

4年前に平野自身が世界で初めて成功させたトリプルコーク(TC)1440(斜め軸の縦3回転+横4回転)は、もう特別な技ではなくなっていた。金メダルの戸塚優斗はこの大技を2連続で決めてみせた。世界初のTC1620(同縦3回転+横4回転半)を成功させた韓国選手がメダルに届かないほどのハイレベル。素人目には誰が一番凄いのか分からなかった。

勇気を奮い立たせて恐怖に立ち向かう選手たちの姿には素直に感動したし、挑戦することは素晴らしいとも思った。でも正直に言うと決勝を見るのが怖かった。平野歩は1月のW杯で骨盤と鼻骨を骨折する大けがを負った。今大会も女子では転倒して動けなくなる選手が続出。タンカで搬送される選手もいたからだ。「命にかかわる危険と隣り合わせで大丈夫なのか」という不安がぬぐい切れなかった。

決勝の2回目でエアを決める平野歩(撮影・前田充)
決勝の2回目でエアを決める平野歩(撮影・前田充)
予選を終えインタビューに答える平野歩夢(2026年2月撮影)
予選を終えインタビューに答える平野歩夢(2026年2月撮影)

HPが初採用された98年長野五輪のパイプの壁の高さは3・4メートルで全長120メートル。選手はヘルメットもしていなかったし、横方向の2回転でメダリストになれた。それが今大会は高さ7・2メートルで全長220メートル。28年間で約2倍も大きくなった。視聴率重視の国際オリンピック委員会(IOC)が大技を出しやすいように、映像的な見栄えを優先したとも言われる。

技の高さと回転数が想像を超えたスピードで進化した一方で、小さなミスで大けがをする危険も高まった。大けがからの復活は感動的な不屈の物語として報じられるが、競技関係者はこれを美談ではなく、安全対策の教訓にしなければならない。競技をけん引してきた平野の「生きててよかった」の言葉を聞いて、施設の大きさや採点方式を含めて、リスク軽減にかじを切る時期にきていると思った。

スノーボードHP決勝 1回目92・00でトップに立った山田琉聖(ロイター)
スノーボードHP決勝 1回目92・00でトップに立った山田琉聖(ロイター)

ハイレベルな戦いの中で、新鮮な驚きもあった。初出場した19歳の山田琉聖が、TCを演技構成に組み入れない独創的なスタイルで銅メダルを獲得したのだ。HPの奥深さ、もう一つの魅力を見た思いがした。高回転技に頼らなくても頂きを目指すことができるのだ。それがスノーボード競技の本質でもあるのだと、あらためて気づかされた。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)