6年ぶり10度目の優勝を果たした山梨学院大
6年ぶり10度目の優勝を果たした山梨学院大

山梨学院大レスリング部が、6月の東日本学生レスリングリーグ戦で6年ぶり10度目の優勝を果たした。2年連続決勝で惜敗していたライバル日体大に5-2で完勝。04年アテネ五輪代表の小幡邦彦監督(43)は20年4月に就任後、初の頂点に立った。教え子で21年東京五輪代表の高橋侑希コーチ(30)との「二頭体制」を強化し、半年で結果を出した。

監督就任4年目の歓喜

優勝を告げるブザーが鳴ると、師弟はガッチリ抱き合った。コロナ禍も挟んだ選手たちに、頂点の喜びを知るものはおらず、喜び方はどこかぎこちない。その姿をほほ笑ましく感じながら、就任4年目にして頂点に立った小幡監督は「初」を味わう生徒に目を細め、二人三脚で歩んできた高橋コーチと喜んだ。


3年連続の決勝。相手は2年連続同じ舞台で敗れ、連覇を許した日体大だ。


「倒さないと優勝できない」。


7階級で4勝が必要で、61キロ、86キロ、125キロ級は勝てる算段。「あと1つどこかで取る。荻野が勝負」。65キロ級の荻野海志(3年)をキーマンに指名した。


「正直一番心配した。スランプ気味だった」。


昨年の決勝、後にパリ五輪代表をつかむ敵主将の清岡幸大郎と激戦。猛攻で5-0とリードしたところから、5-8の逆転負けした。チームの敗北が決まる4敗目を喫し、「ガンガン行くのが強み。去年のリーグ戦後から消極的になった」と復活の道筋を探してきた。

優勝回数「10」のポーズをとる小幡監督(左)と高橋コーチ
優勝回数「10」のポーズをとる小幡監督(左)と高橋コーチ

チームは2月ごろから、1週間おきに高橋コーチと交互に練習メニューを組むシステムに変更した。珍しい「二頭体制」を組み、選手の向上を促してきた。ともに掲げるのは「憧れの選手のマネをしても、コピーはオリジナルに勝てない」。自主性を重んじ、個性を生かす指導を徹底してきた。


荻野も、再び武器を模索する最中だった。3勝1敗の5戦目に登場し、全日本選手権王者の田南部に2-1で粘り勝ち。本来の積極性からはまだ物足りないが、「接戦を勝って吹っ切れたのでは」と1年前の悔恨を歓喜に変えた教え子をたたえた。


まず1冠目を手に入れ、10月全日本大学グレコローマン選手権、11月の全日本大学選手権との3冠を見据える。


「今回の優勝で自信をつけてくれれば」。


2つ目の頂へ、変化を恐れず登り続ける。【飯岡大暉】

二頭体制、監督との差別化

高橋侑希コーチは「実戦練習を積んでなんぼ」と指導方針を明かした。


実際の試合により近いメニューを採用し、監督との差別化を図る。二頭体制には「正解かどうかまだ分からないが、今回のリーグ戦に結果が表れた」と手応えをつかんだ。


男子フリースタイル57キロ級で出場した21年東京五輪から「筋力はめちゃめちゃ落ちたけど、体重は全然変わらない」。理由は「選手たちとやりたい。言葉で教えるのと違って、実際に組みたい」と自らも実戦に参加する。


優勝後は選手に胴上げされ「すごく飛ばされました」と笑顔を見せた。

胴上げされる高橋コーチ
胴上げされる高橋コーチ

底力引き出した主将MVP

○…鈴木主将(4年)は優勝の理由を「チームの雰囲気が過去イチで良い」と説明した。「年齢に関係なく言いたいことを言える」という空気を意識し、後輩の底力を引き出した。決勝は3戦目で登場したが敗れて「2連勝の流れを止めた」と反省。「でも勝ってくれると思っていた」と仲間を信じた。優勝を決め「胴上げされると思っていなかった。人生でもされたことないので」と笑顔を見せた。

MVPを獲得した鈴木主将
MVPを獲得した鈴木主将

「勝ち持ってくる」昨年の雪辱

○…森田副主将(4年)は初優勝を喜んだ。入学以降、優勝経験がない世代で「団体で優勝したかった。うれしい」。昨年の決勝だった日体大戦に出場も「自分もチームも負けた」。今回は4戦目で「副主将の自分が勝ちを持ってくる」と誓い、雪辱を果たした。小幡監督、高橋コーチには「2人とも素晴らしい選手だった経験を踏まえて指導してくれる。距離感も近くて接しやすい」と感謝した。

チームをけん引した森田副主将
チームをけん引した森田副主将

◆山梨学院大レスリング部 1977年(昭52)創部。下田正二郎部長、小幡邦彦監督。東日本学生リーグ戦優勝10回(00~01、08、13~18、24年)。全日本大学選手権優勝6回(99、02、12、15~16、19)。全日本大学グレコローマン選手権2回(08、20年)。主なOBには東京五輪フリースタイル65キロ級金メダルの乙黒拓斗(自衛隊)ら。