TBS井上貴博アナ「想定外のことにしか成長は無い」貫く信念を語る/テレビ編

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屈辱を乗り越え「ようやくほんの少しだけ光が見えた」。TBS井上貴博アナウンサーの信念に迫ります。

ストーリーズ

佐藤成

信念を貫く男だ。TBS井上貴博アナウンサー(37)。MCを務める同局系系報道番組「Nスタ」(月~金曜午後3時49分)に加え、同局ラジオで初の冠番組「井上貴博 土曜日の『あ』」(土曜午後1時)が今春からスタートした。現在、週6日、3時間の生放送番組を担当する日本一忙しい司会者でもある井上アナのクールで爽やかなパブリックイメージからは想像できないほど熱い内面に迫った。

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報道フロアにある自席からスタジオに入るのは放送開始5分前。3時間の生放送を控えているとは思えないほど、ひょうひょうとしている。オンオフのスイッチは特にない。

そんな佇まいとは裏腹に、信念に愚直なまでに真っすぐで、向上心が強く、現状に決して満足しない男だ。自身を泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのようだとも表現する。

「枠があるなら枠の外のことをやりたい。自分の想定外のことにしか成長は無いと思っているので。それに、恥をかかないと成長は無いとも思っているので、恥をかき続けたい」

この2年以上、新型コロナウイルスの情報を伝え続け、2月からはウクライナ情勢も加わった。厳しい現実や目を覆いたくなるような惨状を伝える中で、涙を流してしまう伝え手だっている。キャスターである前に、いち人間だ。「人間ですから、心も引っ張られますし、気分も落ち込みます。でも、みなさんのお仕事もそうなんじゃないかなと思いますね。日々、会社や取引先で嫌なことあったりするのと変わらないんじゃないかと」。

動物やグルメなどの柔らかいネタを伝えた直後に、事件や事故を扱うこともある。自身の中でどう整理しているのか。「1つ1つのニュースにそこまで感情移入しないようになっているんですかね、防衛本能で。そこはちょっとわからないです」とどこか他人ごとのようだ。「でも1つ1つのニュースで、100感情移入したらそれは持たないと思う。やっぱり、おかしいんじゃないですか。おかしくないとアナウンサーってできない。『大谷君打ったー』ってやって次に『事件です』っていっている」。

コロナ禍で迎えた東京オリンピック(五輪)は自身の中で「最悪」だったという。「ニュースのことになると、『オリンピックをやっていいんでしょうか』。で、オリンピックの話題では『わー』って。自分の中で、『ばかなんじゃねーのこいつ。なんだこの精神分離症』ってすごく思いました。だから、自分の縦軸は絶対ぶらさないようにしました。ぼくは無観客でやるべきだっていう縦軸なんです。それだけは絶対通しました」。それぞれのニュースを担当するスポーツ局や報道局の意向と必ずしも一致していなくても、自分の考え、言葉を伝え続けた。 「局の顔」でもあるアナウンサーが自身の思いを語ることや、番組の方針に意見することは、覚悟が必要だ。「1つ1つずつ戦わないと筋通せない。『また井上がいっているよ』ってつらいですよ。だいぶつらいですよ。理解者いないですし。僕自身、自分が嫌な視聴者でいたいので、ぶれているっていうのが絶対に受け入れられないので、ぼくがやらせてもらうなら、軸は絶対通すっていいます」。ぶれたり、雑に伝えたりすることは許せない。「速報です」「この後すぐ」などテレビの使い古された文言を使わず、「今入ってきたニュースです」「○分のVTRの後です」などと正確に伝える。信念をもって闘い続ける。

そもそもの原点は「テレビを変えたい」という大きな夢だ。多様性が叫ばれる時代にあって、局アナのあり方も変化があっていい。「お前がしゃべることは会社の主張なんだっていわれるんですよ。そうなんですよ。でも、でも時代が変わっていいじゃないかなってどこか思っています。『私はこう思います』っていうのは、僕の責任で。だから僕の首を切ってくれって本気で思うので、よくこんな人間を報道局は使ってくれているなって。他局だったらありえないから」。

笑顔を見せる報道番組「Nスタ」メインキャスターのTBS井上貴博アナウンサー(2022年4月撮影)

笑顔を見せる報道番組「Nスタ」メインキャスターのTBS井上貴博アナウンサー(2022年4月撮影)

番組に出演していると、時にはクレームも寄せられる。連日コロナ情報を伝える中、人格否定のようなものもあった。しかし、自分の人生を「ロールプレーイングゲーム(RPG)」と捉えることで、少し楽になった。「このまま突き進んだら首をくくれるわってくらい、人格否定をされるのは、まあまあきついですね。僕自身メンタルそんなに強くないですし。そこで、逃げ道として作ったんでしょうね。井上貴博というRPGだったら、むしろクレームがないとつまらないなって」。

コロナ報道では、「絶対にあおらない」「絶対に優等生発言はしない」「絶対に主語は一人称」などと決めている。「Nスタ」全体では、「余白」を大事にしている。他の報道番組のオープニングは、あいさつの後にすぐニュースを読み上げるが、「Nスタ」は約30秒、天気の話などをホラン千秋と繰り広げる。「ニュース番組である前にテレビ番組だと思っている。コロナ禍で勝手にやり始めました」。当初は、報道局から「はやくニュースをやれ」と言われたが、ぶれずにやり続けたことで、今や当たり前の光景になった。

アナウンサーとして過ごした15年間で、メディアをめぐる動きは急速に加速した。それはテレビも例外ではない。生放送の醍醐味(だいごみ)は「ハプニング。ぐっちゃぐちゃになること」と言い切る。「バカでいいと思うんです。ニュースの読後感とかもなんか無駄でやりとりしちゃいますよね。ドン滑りしたとしても、やっぱり、それはニュース番組っぽくないんでしょうね。ニュース番組っぽくないことやりたい。本当に1分1秒争うことなら、ぼくならスマートフォンをみてしまうので、つけなくてもいいテレビラジオをつけてくださっているのなら、テレビマン、ラジオマンとしてそっちにいきたいなってなんとなく思っていますね」。

2010年から出演した「朝ズバッ!」では、MCを務めていたみのもんた(77)に面と向かって意見した。みのの降板後、MCを引き継いだが、半年で終了、屈辱を味わった。「あの悔しさは一生忘れない」。会社を辞めることも本気で考えたが、17年から「Nスタ」を任された。

報道番組「Nスタ」のメインキャスターを務めるTBS井上貴博アナウンサー(2022年4月撮影)

報道番組「Nスタ」のメインキャスターを務めるTBS井上貴博アナウンサー(2022年4月撮影)

アナウンサー16年目。「ようやくほんの少しだけ光が見えたというか、スタートラインに立てたかもと思います」と語る。

「生まれ変わっても井上貴博になりたいか」と聞くと、間髪入れず「なりたいんじゃないですか。なんだかんだ」と返ってきた。「大谷翔平と井上貴博を選べって言われたら、ちょっと悩みますけど(笑い)」と冗談を挟みながらも、「自分好きじゃないとこんな仕事やっていないと思いますよ。だって“変態”じゃないですか。自分の顔さらして毎日カメラにしゃべるって。ぼくいまだに思うんですけど、こんな“変態”いるんだなって。他のアナウンサーではなく、自分自身という意味ですよ」と続けた。

そして、前のめりになっていた体をすっと起こし、「じゃないと今の井上貴博に失礼だし、過去の井上貴博に失礼なので。これを選ぶでしょうね。あとは、死ぬ前にこの人生で良かったなって思える努力をしないといけないので。この選択は正解だったと努力をするしかぼくには残されていない」。そういったあと「なんかいいこと言いますね」といたずらっぽく笑った。

◆井上貴博(いのうえ・たかひろ)1984年(昭59)8月7日、東京都生まれ。慶大卒業後、07年TBS入社。「はなまるマーケット」のリポーター「あさチャン ! 」「白熱ライブ ビビット」で進行役などを務めた。趣味は高校野球観戦。179センチ。