【第15回】
「君はたばこの被害者なんだよ…」
子どもの禁煙
「ここで聞いたことは、ご両親にも学校の先生にも話さないから、正直に話してね。たばこは、どういうときに吸うの?」。小児科医の加治正行医師は、柔らかな口調でS君(中2)に話しかける。今日は静岡県立こども病院(静岡市)「卒煙外来」の診察日だ。
「自分の部屋とか…学校でも時々…」。
「どういうきっかけで吸うようになったのかな?」。
「うーん…最初は部活の先輩に勧められて…」。
「たばこをやめたいって思ってる?」。
「…。別に、あーどっちでも…」。
S君は学校のトイレで隠れて喫煙しているのを中学校の先生に見つかり、保護者を通じて、この病院を受診するよう勧められた。「たばこをやめられないのはニコチン依存症という病気でね、君はたばこの被害者なんだよ」と加治医師が言うと、それまで無関心を装っていたS君はかすかに身を乗り出した。
喫煙を頭ごなしにしかられると身構えていたのに、加治医師の穏やかな態度にほっとする一方で、「依存症という病気」との言葉にはショックを受けた。「吸うか吸わないかは君が決めることだけど、それにはいろいろな情報が必要だからまず僕の話を聞いてね」とデスク上のコンピューターを示す加治医師。
たばこを吸うと、背が伸びにくくなる、知能指数が下がる、虫歯が増える、成人後の発がん率が上昇するといったデータを、画面を見せながら次々に解説する。さらにカナダの高校で禁煙教育に使われているテキストで、喫煙者の口の中や肺の病変のグロテスクなカラー写真や「SMOKING KILLS」という警告文の書かれた外国のたばこのパッケージなどを示しながら、1時間近く、詳細な情報提供が続く。
説明を終えると加治医師はニコチンパッチという丸いシートをS君に見せた。「このパッチを1日1枚腕に張るとね、塗ってあるニコチンが皮膚から少しずつ体内に入るから、ニコチン切れの禁断症状がなくなって、1週間くらいで楽に禁煙できるはずなんだ。試してみるかい?」。すぐさま治療を決断したS君は、お母さんの協力も得て、その後1週間で見事「禁煙=卒煙」に成功した。
【ジャーナリスト 月崎時央】
|