そんなに大きな話になるとは思っていなかった。

2018年2月の平昌五輪(オリンピック)カーリング女子。第5エンド(E)終わりのハーフタイムで、ロコ・ソラーレがいつものように車座になってフルーツ、焼き菓子などを食べる。セカンド鈴木夕湖が大きないちごを頬張る。五輪の大舞台とは思えない和気あいあいとしたムード。インターネット上では「試合中にお菓子を食べている」「ピクニックみたいで楽しそう」という感想が並んだ。

カーリングの取材では見慣れた光景だった。試合は1Eが約15分、最終第10Eまで合計2時間半から3時間かかり、野球に似た長丁場といえる。第5E終わりに5分の休憩があり、軽食を口にしながら、後半の作戦を話し合う。「氷上のチェス」といわれる頭脳戦でもあり、エネルギー切れは判断ミスを招く。受験生が、勉強の合間にチョコレートを食べることに似ている。

スポーツで、試合中に選手がものを食べる、しかもその姿がテレビに映ることは珍しい。ただ、カーリングでは普通のことで、ロコ・ソラーレに限らず、海外勢も休憩時間に栄養を補給する。会社のデスクから聞かれても「いつものことですよ」と受け流したが、五輪は国内試合と比べて、注目度が段違いだ。同僚にも「どうしてお菓子、食べているの?」と何度も聞かれた。

平昌五輪は折り返しを迎えていた。2月17日にフィギュアスケート男子の羽生結弦が五輪連覇。後半に向けて、予選リーグがヤマ場を迎えるカーリングを取り上げることになった。候補は2つ。ハーフタイムの光景を紹介するか、スキップ藤沢五月を紹介するか。

五輪初出場のロコ・ソラーレは17日時点で、4勝1敗と好調だった。日本女子は過去5大会連続出場も予選リーグ突破はなし。ロコ・ソラーレに4強進出の可能性があった。メダル獲得に備えて、スキップ藤沢のエピソードはできれば、温存しておきたい。会社のデスクに「ハーフタイムにしましょう。そっちのほうがキャッチーですし」と不純な理由? で提案した。

問題は、名前だった。「ハーフタイム」では面白みに欠ける。テレビの中継局は「おやつタイム」と名付けていたが、お菓子だけを食べているわけではない。むしろお菓子を食べる回数は少なく、フルーツやゼリー飲料、栄養補助食品が主だった。

19日午前のカナダ戦は3-8で敗北。直後の取材エリアで、チーム創設者でリザーブの本橋麻里に、ハーフタイムについて聞いた。選手にとっては「何をいまさら」という質問だが、「マリリン」から結婚→出産をへて「ママリン」になった本橋は嫌な顔ひとつせずに答えた。

「もぐもぐタイムのことですね」。

【お裾分けされ記者もぐもぐ・・・甘酸っぱかった/後編】(残り1632文字)

本橋は、ハーフタイムを「もぐもぐタイム」と表現して、丁寧に説明を始めた。3時間近い試合でエネルギー補給が必要なこと、食料は主に本橋が準備していること、フルーツ中心で、1日2試合の時は甘味を出すこと。セカンド鈴木は「合間で食べることで集中力が高まる。今日(19日)はいちごで当たりでした」。

「もぐもぐタイム」は、インターネット上で散見されていた言葉で、本橋がそれを追認する形になった。記者が「今日は何を食べているか」と小野寺コーチに聞くと、キウイのドライフルーツをお裾分けされた。甘くて、酸っぱかった。

「もぐもぐタイム」が一気に広まったのは、その後があったからだ。カナダに敗れた同日午後、ロコ・ソラーレはこの大会で金メダルを獲得する強豪スウェーデンと対戦。大方の予想を覆して、5-4で劇的勝利を挙げた。予選リーグ5勝2敗として、日本勢初の4強進出に王手をかけた。

この1勝で、メダルの期待が急激に高まった。それに伴い、カーリングをまつわる話題も大きくクローズアップされた。本橋が口にした「もぐもぐタイム」も沸騰した。本橋は「4年に1度起きるやつですよね。ははは。知っております」とにっこり。試合のたびに根気強く「もぐもぐタイム」を説明。「もぐもぐタイムもいいですが、試合も気にしてくださいね」。

もはや取材エリアはカオスだった。21日のスイス戦で敗北の責任を感じて号泣していたサード吉田知那美は、話題に乗り遅れまいとした他メディアに「ところで大変申し訳ないです。もぐもぐタイムのことですが…」と突拍子もなく聞かれて、きょとん。それでも涙を拭いて、丁寧に答えた。

藤沢が食べる地元北見市のお菓子「赤いサイロ」は注文が10倍に増えて、都内のアンテナショップで売り切れ。準決勝で対戦した韓国のスキップ金ウンジョンは「メガネ先輩」のニックネームと、ハウス後方で仁王立ちする姿が話題になった。

カーリングは大会後半の主役になった。平昌にいた記者は日本のワイドショーは見ていなかったが、現場で繰り返される「もぐもぐタイム」の質問に、尋常ではない盛り上がりを感じた。大会前は、五輪取材班キャップとして「冬季五輪の競技は普段、読者が目にすることが少ない。何がブレークするか、わからない。デスクの問い合わせを受けて『いつものことですよ』と言うのは禁句。まっさらな気持ちで取材しよう」と同僚にクギをさしていた。まさかこんなに大きなブーメランになるとは…。既存のメディアでは最初に「もぐもぐタイム」の文字を使った新聞として、競技の本筋ではない話題の過熱ぶりに申し訳なさも感じた。

「もぐもぐタイム」が沸騰する中で、ロコ・ソラーレは、最後の3位決定戦で英国に逆転勝利。日本勢初の銅メダルを獲得した。銅メダルをかけた英国戦は、テレビ視聴率が平均25・0%、瞬間最高42・3%。羽生連覇の瞬間最高46・0%(すべて関東地区)に続く数字だった。吉田知は「すご~い。紅白(歌合戦)みた~い」と目を丸くした。

なぜあれほどフィーバーしたのか。

冬季五輪は、切ない。天候や風に左右される。女子ジャンプは試技2回で合計20秒もない。スピードスケート女子500メートルは40秒足らず、フィギュアスケート男子でも7分強。わずかなミスが命取りで、見ている側も緊張を強いられる。

カーリングは1試合が3時間弱、予選リーグで9試合ある。氷の変化や石の癖などの要素があり、どんな強豪でも全勝はない。ロコ・ソラーレは6勝5敗で銅メダルだった。「1度の失敗ですべてが台無しになるわけじゃない」という競技特性は、瞬きもできないような瞬間の連続といえる冬季五輪で、異彩を放つ。

毎年恒例の流行語大賞で「もぐもぐタイム」は候補入りした。勝手にドキドキして発表を待ったが、大賞に選ばれたのは同じくロコ・ソラーレの「そだねー」だった。デスクから「惜しかったな」と言われた。思わず「そだねー」と返して、その選考に納得した。記録にも記憶にも残る銅メダルだった。

【益田一弘】