樋口健太郎(46)が男子72キロ級で2連覇を達成した。1回目に160キロ、2回目に170キロに成功。3回目に自らが持つ日本記録を3キロ上回る174キロに挑み、きれいにバーベルを押しあげたように見えたが、3ジャッジの判定はすべて赤ランプで不成功に終わった。

170キロは2位の田中翔悟に32キロ差をつける圧勝だった。それでも樋口は「今日は全然ダメでした。1回目から腕がぶれていた。精度が足りませんでした」と、淡々と3回の試技を振り返った。

前回、17年12月の全日本に初出場し、136キロで優勝を飾った。同年9月にオートバイを運転中、車に後方から追突される事故に遭い、右大腿(だいたい)部から下を切断。リハビリの一環でパワーリフティングに出合い、入院中の病院から試合会場に駆けつけてサプライズを起こした。

以来、驚異的なまでに記録を伸ばしてきた。昨年9月のアジア・オセアニア選手権で165キロ、同10月のジャカルタ・アジアパラでは171キロをマークしている。スポーツトレーナーとしてK-1ファイターらを指導した経験が10年以上ある。自らもベンチプレス、スクワット、デッドリフトでバーベルに親しんだ時期があり、基本的な体力もあった。

今大会で初めて記録の伸びが止まったが、4回目の特別試技であえて日本新を狙わなかった。「ここで無理をすれば次の試合に影響が出てしまう。4月に欧州の大会に出場を予定しているので…」。来年の東京パラリンピックへ向けて緻密な強化スケジュールを組み上げている。目先のことにとらわれずにメダル獲得へ着実に前進する。

アジアパラで同じベンチ台で戦ったイラン選手が世界記録をマークした。重量は229キロ。だた、樋口はこう言い切る。「昨年中に170キロを挙げられた。今年中に190キロを挙げます。来年? 重量のことは言いません。その時、僕が一番強くなりますから」。

事故で中学校の非常勤講師の職を失ったが、昨年4月から都内荒川区の小学校で理科の非常勤講師を務めている。応援してくれる子どもたちから力をもらい、教職とトレーニングを両立する。ベンチ台では好記録を出しても決して笑わず、拳も握らない。ひたすら無表情でバーベルと対峙(たいじ)する。「それは僕がまだ素人で弱いから。世界一になったら、思い切りガッツポーズをしてやりますよ」。競技歴1年4カ月で記録を35キロ伸ばしたサムライは、最後に少しだけ表情を崩した。【小堀泰男】