女子やり投げで66メートル00の日本記録保持者、北口榛花(23=JAL、旭川東高)が東京五輪代表に決まった。トップで迎えた最終の6投目で61メートル49と記録を伸ばし、2年ぶり2度目の優勝を果たした。五輪参加標準記録(64メートル00)をすでに突破し、3位以内で代表に決まる状況で、きっちり勝ちきった。男子1500メートルで高橋佑輔(21=北大)が3分40秒34の4位だった。

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北口が文句なしの五輪代表権獲得だ。雨の中で投じた4投目で60メートルを超え、61メートル22。トップに立った。3位以内に入れば代表内定だが、優勝で自信を持って夢舞台に臨みたかった。表彰台が確定してから迎えた最終6投目に61メートル49。思い描いていたとおり、2年ぶりの日本一。「すごくうれしいというより、ほっとしました」と話した。

今季、海外での試合では50メートル台。調子は決して上々ではなかったが、国内初戦で「必ず内定させたい気持ちだった」。4投目以降は60メートル台を3連発。記録を伸ばした6投目の後には、ぴょんぴょん跳びはねて喜んだ。ただ1人の60メートル台で、ライバルの追随を許さなかった。

旭川東高に入学した13年から競技を始めた。競泳やバドミントンで鍛えたパワーだけで勝負していた。助走もうまく出来ないため、短い助走距離から投じていた。陸上部にスカウトした当時の松橋昌巳監督は「陸上素人で、水中の方が速かった」と振り返っていたほど。入学当時の100メートルのタイムは14秒5。走力がないと日本のトップには立てないからと、13秒34まで伸ばした。

恵まれたフィジカルは、悩みでもあった。小学6年で身長170センチ、高校で178センチ。「スーパーでもじろじろ見られるし、レストランで『タバコは吸いますか』って聞かれたり」と、高校時代から口にしていた。同じ高長身の選手が多い女子バスケットボール観戦が好きだが、五輪切符は体格を生かしたパワーのたまものだった。

15年世界ユース五輪で金メダル獲得後、SNSでは英語の投稿が増えた。「世界を意識するようになったから」。16年リオデジャネイロ五輪は届かなかったが、ついに五輪舞台に立つ。「ここがゴールではなくてやっとスタートラインに立てた。もっとパワーアップしたい」と、本番に目を向けていた。

<北口の道のり>

◆いきなりV 旭川東高入学後に競技を始め、13年6月の高校総体道予選に競技歴わずか2カ月で45メートル25をマークし優勝。

◆水陸挑戦 同年7月の水泳の高校総体道予選にも挑戦し、50メートルと100メートルの自由形に出場し、ともに予選落ちだった。

◆円盤投げも 14年6月の高校総体道予選で、やり投げのほか、専門外の円盤投げでも優勝。15年の高校総体道予選では投てき3冠を達成。

◆総体連覇 14年8月の高校総体のやり投げで初優勝を飾ると、翌15年の高校総体でも優勝を飾った。同年には世界ユースで金メダルを獲得した。

◆リオ届かず 日大1年時、16年7月の南部忠平記念で大会新記録の60メートル84で優勝も、参加標準記録(62メートル)に届かず、リオデジャネイロ五輪出場はかなわなかった。

◆日本記録 19年5月に64メートル36で日本記録を樹立。同年10月に自身の記録をさらに更新する66メートル00をマークした。

<父幸平さん、五輪出場お祝いケーキは「正月かな」>

北口の両親が大阪の会場に応援に駆けつけ、歓喜の瞬間を迎えた。父幸平さん(55)は「正直ほっとした。うれしいです」と喜んだ。

旭川市内のホテルに勤めるパティシエの幸平さん作製のケーキが、北口の力の源だ。誕生日はもちろん、やり投げで記録を更新すると、お祝いにオリジナルのホールケーキを贈っている。15年の日本高校記録更新時には、数字型のろうそくを「5890(58メートル90)」と並べ、チョコレートのプレートには「日本高校新おめでとう」のメッセージ付き。19年に日本記録を樹立した記念には、クリスマスケーキも兼ねてチョコレートケーキにシュー生地の大きな「66(66メートル)」がそびえ立つデザインだった。「作れる楽しみ、機会をもらっている」と、幸平さんは毎回、ケーキに心を込めている。

1人娘が高校入学から8年間でオリンピアンにまで成長した。「あっという間に過ぎた」と振り返り、本番へ「緊張すると思うけど、自分の投げをして欲しい」と願う。五輪出場を記念した特製ケーキは「お正月くらいに旭川に帰って来てからかな」と話していた。