毘沙門天の加護がある。ホッケー男子日本代表「サムライジャパン」FW山崎晃嗣(24=滋賀クラブ)が、東京オリンピック(五輪)での大爆発を誓った。岐阜県での代表合宿中に五輪延期が決定。日本文化を愛するジギ・アイクマン監督(59)から戦国武将「上杉謙信」と評される点取り屋は、24年パリ五輪までに「世界一のホッケー選手」になることを目標に掲げ、自宅でトレーニングを重ねる。【取材・構成=益田一弘】

   ◇   ◇   ◇

サムライジャパンの「上杉謙信」は五輪延期にもモチベーションを高く保つ。

山崎 小学校でホッケーを始めた。五輪に出場し、そして世界一のホッケー選手にもなると決めた。理由なんかない。自分の本心、湧き出てくる行動力、何事にも1番になりたいという性格。常に世界一を目指してプレーしてきた。2024年12月31日までに世界一のホッケー選手になる。

セールスポイントは「負けず嫌い」、座右の銘は「世界一になる」。24歳の点取り屋は空中でボールを捉える技術に優れる。オランダ出身のアイクマン監督も山崎の精神を評価。「誰に対しても何度でも挑むことが好き。武将に例えるなら勝っても相手を敬う心があるので上杉謙信だ」という。

山崎 24年パリ五輪は28歳。あと4年でさらに自分を高めて世界最高の選手になれる自信がある。代表エースとして日本のホッケーを盛り上げ貢献していく。

五輪延期を知ったのは岐阜県での代表合宿中。チームは一時解散となった。

山崎 日本は世界のトップに正直、実力がまだ足りない現実があった。ポジティブに捉えれば、その差を埋めて金メダルを目指すチャンスだと感じている。

現在は自宅のある岐阜県でトレーニングを重ねる。

山崎 代表活動も中止で、クラブチームの練習も自粛。自宅の室内にある(床に敷いた)芝の上でドリブルやリフティングや体重を使った筋トレをしている。

代表選手は、日本文化を愛するアイクマン監督から書道や俳句をリクエストされることがある。山崎は、そんな時も1番を目指している。俳句も「春超えて オリンピックで NO1」など、最後に必ずNO1がつくという。そんな男が来夏の東京五輪で見せたいものは、とてもシンプルだ。

山崎 大和魂。ファイティングスピリットを持ち、どんな時も諦めない、1つ1つのプレーに魂を込めて、日本や世界中の人々に山崎晃嗣のホッケーを見せる。毎試合、ゴールを決めて日本を金メダルに導く。

◆山崎晃嗣(やまざき・こうじ)1996(平8)2月27日、広島県生まれ。小学校時代に広島ホッケースポーツ少年団で、競技を始める。島根・横田高-山梨学院大をへて滋賀クラブ。大学2年で日本代表に初選出。ポジションはFW。168センチ、67キロ。