柔の道はどこまでも-。柔道女子70キロ級でアテネ、北京の2大会連続オリンピック(五輪)金メダリスト上野雅恵氏(41)が、12月1日付けで三井住友海上女子柔道部の新監督に就任した。09年の現役引退後はコーチを務めながら、ペットサロン経営者としても奮闘。同部主将で同じ70キロ級の東京五輪代表、新井千鶴(27)ら後進に人生経験の全てをつぎ込んで、指導者として再び五輪のメダルを目指す。

全ての経験が、柔道に通じる。そう信じて疑わない上野新監督が、決意新たに畳に立つ。1日に89年の部創設から31年指導にあたった柳沢久前監督(73)から指導を引き継いだ。東京五輪を翌年に控えた大事な時期の監督就任。41歳の指揮官は「柳沢監督が紡いできたものを引き継ぎたい。柔道家としてチャンピオンを目指すこと、社会人としてしっかりした人間に成長できることを目指す」。2つの理念を指導で伝えていく。

00年シドニーから五輪3大会連続出場で04年アテネ、08年北京を連覇したが、引退後に「監督」の肩書を背負うつもりはなかった。「私にはできないと思っていた」。その気持ちに変化があったのは昨年5月に父法美さんを66歳で亡くしてから。「父は私が柔道部の監督になれば良いのになということを言っていた」。さらに今年に入り新型コロナウイルスの影響を受けながらも、地道に活動に取り組む後輩たちの姿を目にし「チャレンジしてみたい気持ちが強くなった」。柳沢前監督に思いを伝え、監督に就任した。

2人の金メダリストを含む6人の五輪メダリストを輩出した強豪には「人よりも努力しないと強くはならない」という教えが息づく。上野も現役時代には厳しい稽古に加え、「三井住友大学」と呼ばれる型にはまらない指導を受けた。競技と無関係に思われる茶道でも「心を落ち着かせることだったり、お茶をたてる動作だとかは全部つながっている」。

09年の現役引退後は資格を取得してペットサロンの経営者になった。その経験さえも「犬の世界は不思議と柔道につながっている」。1匹1匹違う個性があり、言葉が通じない動物を扱う仕事で「『犬のために』って考えたら色々なことができた。その部分では監督になって一番考えているのは『選手のために』ということ。ぶれないでいきたい」。学びを指導に還元する。

東京五輪を監督として迎える。70キロ級で日本代表に内定している新井は「上野新監督のもと、東京五輪に向けて頑張っていきます」。1年の延期に伴い気持ちの面でも難しさがある中で、上野監督は「延期は今までになく大変なこと。周りから頑張れる環境をつくっていく。周りが盛り上げていかないと、自分1人の気持ちじゃ保てない」。現役時代、苦しい時期に突き動かされたのは「やっぱり勝ちたい」という意志。立場が変わっても、抱き続けた思いを変えることなく、五輪で一番輝くメダルを目指す。【浅水友輝】

◆上野雅恵(うえの・まさえ)1979年(昭54)1月17日、旭川市生まれ。小1から両親が教える誠心館道場で競技を始める。旭川南高を経て三井住友海上。五輪は00年シドニーで敗者復活2回戦敗退。04年アテネ、08年北京で70キロ級を連覇。世界選手権優勝2度。09年3月に第一線から退く。その後、三井住友海上のコーチ。17年12月には都内にペットサロン「DOG58」開業。得意技は大内刈り、大外刈り。

◆三井住友海上女子柔道部 五輪に女子柔道が公開競技として初めて採用された88年に女子代表監督を務めた柳沢久氏のもとで89年に創部。恵本裕子(旭川市出身)が日本女子柔道界初の五輪金メダルを獲得した96年アトランタを含め5大会で五輪メダリストを輩出。五輪2連覇の上野雅恵の妹順恵も12年ロンドン63キロ級銅メダリストでコーチを務めている。東京五輪には17、18年世界選手権70キロ級連覇の新井千鶴が代表に内定。